確か、こんな問題だったと思う
銀行強盗が、逃走用に要求した車が来るまでの間に人質たちに対してゲームを提案した。
まず人質の中から4人を選び、それぞれを階段の上段・中段・下段、そして別室に配置する。
それから、それぞれ2つずつある赤色か白色の帽子を4人に被せていく。
この際、上段の人質には中段と下段の人質の姿が見え、
中段の人質には下段の人質が見えるが、
下段と別室にいる人質には誰の姿も見えない。
そこで、犯人たちが言った。
「誰か1人でも自分に被せられている帽子の色が分かったら、お前達を解放してやろう」
さて、誰が自分に被せられた帽子の色を言い当てることが出来ただろうか?
この問題を初めて聞いたのは、おそらく17~8歳の頃だったと思う。
だから、犯人が要求したのが車だったかヘリコプターだったかは定かでないし、
帽子の色もはっきりとは覚えていない。
帽子が被せられていった時、人質たちは目隠しをされていたかもしれないし、
犯人の台詞もたった今適当に考えた。
しかし、今それは大した問題ではない。
当時の私は、ひとまず突拍子もない設定だと思ったが、
しばらく考えて、さらに考えて、頭をこねくりまわして、
そうしてようやく答えが分かった。
ところで、私は「こんな問題があって、私はそれを解いた」という思い出を書きたかった訳ではない。
この話にはまだ続きがあるのだが、数年後、私はこの問題を先輩と後輩を相手に話す機会があった。
(正確には先輩でも後輩でもないが、私との年齢差を表現したものだと思ってもらえれば良い)
そして、先に先輩が降参して私が答えを教え、
「なるほど!!!」と納得した先輩は、
それから更にしばらく粘った後輩達に、
「じゃぁヒントを出そうか」と言って、こう言った。
「答えが分かった人質は、自分のことだけを考えていた訳じゃないんだよ」
(念の為フォント色を薄くしておくが、ここを読まなければ以下の意味は通じない)
このヒントが、長く私の心に留まっている。
私は、もしもこの人質たちと同じ立場に置かれたら、
そうすることが出来るだろうか、と考えてしまう。
私は酷く利己的な人間で、
しかし社会の中で利己を追求する人間は嫌われやすいと識っているし、
私自身も確かにそうした人間が苦手なので、
日常では自分自身のそうした部分を必死に隠そうとしている。
(その必死さを、逆に「自己犠牲心が強い」と表現されることもある。)
けれど、もしもこの人質たちと同じ立場に置かれたら、と考えてしまう。
もしも犯人が「分かった奴だけ助けてやろう」と言ったら、と考えてしまう。
(ただしこれは問題としては無理のある仮定だ)
私は、未だに『自分が一番大切』な人間だ。
自分だけは最大限に幸せでありたいし、ほんの僅かでも嫌な思いはしたくない。
だから、考えてしまうのは他の人間を見捨ててまで自分を助けることの是非ではない。
そうして生き残って後、自分が非難されないか否かであり、
つまりその後の自分の人生が幸せなものになるかどうか、ということだ。
もしものその時、私はどうするのだろう。
自らを犠牲にして後に感謝され涙されることを選ぶのか、
自らを救って後に陰口を叩かれることを選ぶのか。
けれど、その時が来れば私は選ぶと思う。
きっとそれは、コンビニでおにぎりの具材を選ぶくらいの問題だ。
ツナマヨか高菜かなんて、その時の気分で選べばいい。
・・・ 問題の答えは、この20行程度下に。 ・・・
答え。
まず「上段と別室、中段と下段が同じ色の帽子を被せられている」場合、
『上段の人質が、中段と下段の人質を見て、自分の帽子の色を言い当てることが出来る』
それから、「中段と別室、上段と下段が同じ色の帽子を被せられている」場合、
『中段の人質が、上段の人質が回答出来ないことによって、自分の帽子が下段の人質とは違う色なのだと気付くことが出来る』