過去に京都を訪れた時のまとめ
残念ながら、数か所は、写真もデータも残してなかった為掲載出来ません
(また、行かねばな
)とりあえず、残ったデータで総集編を掲載します(一の巻~四の巻)
京都 【総集編】 一の巻~続き二の巻です(^^)
今回は、嵐山から~
いつも観光客で、いっぱいです(^^;)

京都と言えば!? 思い浮かぶのが嵐山って程、有名な観光地ですね(^^)
嵐山は、何度も訪れました(^v^)b

渡月橋や、竹林。トロッコ列車や川下りと楽しめる所です。

天龍寺は、京都五山の中で、第1位という寺院で、【古都京都の文化財】の一部になっています。世界遺産として知られています
天龍寺は足利尊氏によって、1239年に、嵐山を背景に亀山離宮を禅寺に作りかえたのがはじまりで、幾度も火が出て、そのたびに伽藍を焼失し、創建当時のものはほとんど残っていません。現在あるものは、ほとんどが明治時代後半から再建されたものですが足利将軍家と後醍醐天皇ゆかりの寺院です。
1900年に再建された法堂は、釈迦三尊像を本尊としています。天井の雲龍図は有名です(^^)b
また、曹源池庭園は、国史跡であると共に、日本初の国特別名勝に指定されたものでもあり、嵐山の景観を取り入れた借景式庭園として紅葉が有名です。ほとんどの伽藍が再建されている中で、この曹源池庭園だけは、当時の姿のままとされています。
天龍寺は足利尊氏によって、1239年に、嵐山を背景に亀山離宮を禅寺に作りかえたのがはじまりで、幾度も火が出て、そのたびに伽藍を焼失し、創建当時のものはほとんど残っていません。現在あるものは、ほとんどが明治時代後半から再建されたものですが足利将軍家と後醍醐天皇ゆかりの寺院です。
1900年に再建された法堂は、釈迦三尊像を本尊としています。天井の雲龍図は有名です(^^)b
また、曹源池庭園は、国史跡であると共に、日本初の国特別名勝に指定されたものでもあり、嵐山の景観を取り入れた借景式庭園として紅葉が有名です。ほとんどの伽藍が再建されている中で、この曹源池庭園だけは、当時の姿のままとされています。

『小学校の遠足で行きました (^^) キュッキュッと鳴く廊下が楽しかったね~』
二条城は、江戸時代の平城で国指定史跡とされています。
二の丸御殿が国宝、そのほか22棟の建造物と二の丸御殿の障壁画が重要文化財に、二の丸御殿の庭園が国の特別名勝に指定されています。
また、ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の一部として登録されている。
日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。二条城と名づけられる京都市街の城は歴史的に4つあるが、城跡として現存する二条城は、徳川家康により1602年(慶長7)に築城が開始され、翌年に完成したものである。
家康は完成後に、二条城で将軍就任の祝賀式を行い、その後、江戸幕府を開いた。
以後、歴代の将軍が上洛した際の宿所として利用され、1626年(寛永3)には後水尾天皇による行幸が行われた。このとき、大規模な城の改修が行われ、豪勢な御殿や庭園が造営された。
幕末には、第15代将軍の徳川慶喜の大政奉還が行われた。
その意味では、江戸幕府の始まりと終焉の場所でもある。二条城には伏見城(京都市)から移築した5層の天守があったが落雷により失われ、その後、再建されることはなく、天守台の石垣だけが今日まで残ることになった。城内には、1896年(明治29)に完成した洋風庭園の本丸御殿庭園、小堀遠州が作庭した桃山様式の池泉回遊式庭園である二の丸御殿庭園、1965年(昭和40)につくられた和洋折衷の清流園の3つの庭園がある。
二の丸御殿が国宝、そのほか22棟の建造物と二の丸御殿の障壁画が重要文化財に、二の丸御殿の庭園が国の特別名勝に指定されています。
また、ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の一部として登録されている。
日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。二条城と名づけられる京都市街の城は歴史的に4つあるが、城跡として現存する二条城は、徳川家康により1602年(慶長7)に築城が開始され、翌年に完成したものである。
家康は完成後に、二条城で将軍就任の祝賀式を行い、その後、江戸幕府を開いた。
以後、歴代の将軍が上洛した際の宿所として利用され、1626年(寛永3)には後水尾天皇による行幸が行われた。このとき、大規模な城の改修が行われ、豪勢な御殿や庭園が造営された。
幕末には、第15代将軍の徳川慶喜の大政奉還が行われた。
その意味では、江戸幕府の始まりと終焉の場所でもある。二条城には伏見城(京都市)から移築した5層の天守があったが落雷により失われ、その後、再建されることはなく、天守台の石垣だけが今日まで残ることになった。城内には、1896年(明治29)に完成した洋風庭園の本丸御殿庭園、小堀遠州が作庭した桃山様式の池泉回遊式庭園である二の丸御殿庭園、1965年(昭和40)につくられた和洋折衷の清流園の3つの庭園がある。


北野天満宮は、京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「星梅鉢紋」。
『通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。』
福岡県の太宰府天満宮とともに全国各地に勧請が行われている。
『通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。』
福岡県の太宰府天満宮とともに全国各地に勧請が行われている。

『京都で有名な、アイス屋さん(^w^) 初めて食べた時は、感動したぁ~。とっても美味しいよ~
』

御影堂門は、高さ約28mの入母屋造・本瓦葺き・三門形式の二重門。「真宗本廟」の扁額を掲げる。
京都三大門(東福寺、知恩院)の1つです。明治44年(1911年)の再建。
上層(非公開[)には、釈迦如来像(坐像)を中央に、脇侍として向って右側に弥勒菩薩像(立像)、左側に阿難尊者像(立像)の三尊が安置され、浄土真宗の正依の経典「浄土三部経」の1つである『仏説無量寿経』の会座をあらわす。また、その手前には仏舎利が安置される。
京都三大門(東福寺、知恩院)の1つです。明治44年(1911年)の再建。
上層(非公開[)には、釈迦如来像(坐像)を中央に、脇侍として向って右側に弥勒菩薩像(立像)、左側に阿難尊者像(立像)の三尊が安置され、浄土真宗の正依の経典「浄土三部経」の1つである『仏説無量寿経』の会座をあらわす。また、その手前には仏舎利が安置される。

『 東寺は五重塔や金堂など国宝が在り。 東寺のみならず京都のシンボルとなっている五重塔で、高さは54.8メートルは木造塔としては、日本一の高さを誇る。
天長3年(826年)空海により、創建着手にはじまるが、実際の創建は空海没後の9世紀末であった。雷火や不審火で4回焼失しており、現在の塔は5代目で、寛永21年(1644年)、徳川家光の寄進で建てられたものである。
初重内部の壁や柱には、両界曼荼羅や真言八祖像を描き、須弥壇には心柱を中心にして金剛界四仏像と、八大菩薩像を安置する。
真言密教の中心尊であり、金剛界五仏の中尊でもある。大日如来の像はここにはなく、心柱を大日如来とみなしている。諸仏は寛永20年(1643年)から翌年にかけての作で、江戸時代初期の作風を伝える。 』
(内部は通常非公開だが、春と冬に特別に公開されます。)

京都を流れる鴨川の水源地近くに在り、水の供給を司る神様をお祀りしています。
創建年代は不詳ながら、平安京遷都以来、水源を守る神として皇室からも格別の崇敬を受けてきた古社。日照りや長雨が続いた時には雨乞いと雨止め神事が行われた。
平安時代の女流歌人・和泉式部が夫との復縁を祈願し、見事に願いが叶ったことから、縁結びの神としても信仰を集めています。
創建年代は不詳ながら、平安京遷都以来、水源を守る神として皇室からも格別の崇敬を受けてきた古社。日照りや長雨が続いた時には雨乞いと雨止め神事が行われた。
平安時代の女流歌人・和泉式部が夫との復縁を祈願し、見事に願いが叶ったことから、縁結びの神としても信仰を集めています。
『貴船神社は、パワースポットとしても有名です(^^) 水占いおみくじが面白いです。雰囲気も良くて好きな神社です♪』
つづく。
次は、【総集編】三の巻へ。
次は、【総集編】三の巻へ。