続いては、櫓と景色で人気の波賀城跡へ![]()
当時の城域は、それなりに広かったと思われるが!?現在は、小山を城跡として残してますが
城域は公園化され、当時の縄張りがイマイチ分からない状況![]()
ココは、後世の道。
山肌には土塁か?堀切か?あきらかに人工っぽい箇所がありますが!?一切詳細は分かりません![]()
入り口。
作られた道を進む![]()
脇には、また同じような風景![]()
そして、一番の謎が、この山の全体?にこの様な無数の石が転がっていること![]()
人の手で積み上げたよな箇所もあるし
何なんだ![]()
とりあえず!櫓へ![]()
定番の
スポットで![]()
波賀城は因幡街道を眼下に望む場所に位置し、標高456メートルの城山の頂上に築かれました。
平安時代に地元の芳賀氏が築城し、のちに武蔵国秩父郡(現在の埼玉県)から移ってきた中村氏の居城となったといわれています。
山頂の主郭を中心に、帯状に取り巻くように郭が配置されています。
羽柴秀吉が播磨を制圧したときに 北の守りの拠点としたものである可能性も考えられます。この城は山陽道と日本海側を結ぶ因幡街道や、そこから千種を結ぶ街道、三方(みかた)に通じる街道を眼下にするほぼ独立した山に築かれており、戦略的な位置にあります。麓から本丸までの距離が短く、そのため、途中に多くの曲輪を造って縦深をとっています。また、西側の小山(古城)にも砦を築き、一体となって敵軍を防ぐ工夫がなされています。復元された城の石垣は中世と近世の中間的な特徴を持っており、この城が過渡期の物であることを示す貴重な遺構となっています。
主郭へ![]()
帯曲輪が数段見える
この何処かに、綺麗な石積みが残っているようだが!?分からなかった![]()
本丸とされる曲輪。
石積み跡?
岩場から
北側に石垣が発見されたみたいだけど、今は見れないみたいね
結局、波賀城については詳しいことは分からず![]()
帰りに道の駅で食べた
ご当地ソフト![]()
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