今回の小田原遠征で、最後の目的地の小田原城攻めへ~![]()
小田原城と言えば!北条氏なのだけど、現在の小田原城跡は、北条氏の後に近世化された城![]()
北条氏の、巨大な土の城は見る影も無い
(一部は、利用された部分もある)
この濠は、北条時代のコの字の池を利用しているらしい![]()
いよいよ天守へ![]()
今の小田原城天守って!復元
模擬
どっちだろう? 説明を見るのを忘れた![]()
模型
模型の中に、しっかり総構え(空堀)が入っていた![]()
石垣山城方面
今は何処か、全く分からないな![]()
天守を後にします![]()
(小峰曲輪北堀)
この濠は、昔のままの土のスタイルで、底に畝があるかも知れない!?との事
もしあれば、北条時代の堀って事だな
(発掘調査してほしいね!)
関東大震災でズレ落ちた本丸石垣![]()
箱根口跡。
そして、小田原城一番の目玉
総構えの堀を見に行きます
(今の小田原城は、ある意味お飾り
こっちが、大本命です
)
秀吉が攻めて来るって事で!北条は、城を総構えに改修!規模も圧倒的な大きさとなり難攻不落の巨大城となりました
ずっと見に来たかった巨大な堀(土塁)~![]()
堀の上、土塁から![]()
ちょうど、地元の方が居て、堀と人の比較をさせて頂きました![]()
(当時は、もっと深かったし斜面も急だった) 左側が城で、攻め手は右から堀を下り登る事となる
城側。土塁を
この上に柵なり塀があって、敵を迎撃したのだろう![]()
城側。
土塁。
現在は、散歩コースとなってる堀も、当時は底に畝が在り(高さは推定でも3m前後。今も名残がある)堀に下りると畝が壁となり、横へ移動できない畝掘りとなっていたそうです
もちろん!畝の上を渡ろうとなんかしたら、格好の標的
また!この辺りの土は関東ロームの粘土質なので、登ろうとすれば滑ります
なので、攻め手は確実に死にます![]()
総構えの堀巡り、時間の関係もあり、全ては見れませんでしたが、大満足でした![]()






















































