2008年 結婚
2009年夏 都内2LDKマンション購入
2011年夏 長男出産
2013年夏 次男出産
2013年冬 マンション売却→都内4LDKマンション購入
2016年夏 三男出産
2020年夏 マンション売却→郊外4LDK+αの戸建注文住宅購入
ずっとつけてきた日記をもとに
昔のことに遡ったり、今日のことを書いたり
育児のこと、マイホームのこと
私の頭の中のすべてを
徒然なるままに書いていきたいと思います。
自己紹介→★
※過去記事※
2010.1.8(金)
この1ヶ月間の記録メモ。
12/11(金) 二週間に一度、片道2時間の父の通院を送迎する日。
父は癌による貧血のためぎりぎりの体調。車をベッド仕様にし、院内では車椅子。(結果的にはこれが最後の通院)
12/17(木) 父入院。
12/19(土)-20(日) 夫婦共通の部活仲間と合宿。みんなが夫の誕生日を祝ってくれる。嬉しい。
12/21(月) 病院へ。母と一緒に医師の説明を聞く。
癌による悪液質。血小板の減少による急変の可能性。
12/21-27(日) 自宅マンションを離れ、実家と病院を往復。母と交代で病室に泊まる。
始めの数日は激しい痛みとの戦い。
後半はモルヒネ系の痛み止めを増やし、意識障害が出る。
「病室の天井に大きな虫がたくさんいる」など。
父がこれまでの闘病を自身で記録していたノートに、父との会話と症状を全て記す。
途中一日だけマンションに帰宅。
12/28(月) 午後病院へ。父、高熱が出た後、夕方に急変。
ちょうど母と交代して私が付き添っていた時だった。
ストローで水を飲ませてあげたのが最後の記憶となった。
帰路についた母を急いで呼び戻したが間に合わず
その瞬間に立ち会ったのは私だけだった。
20:48 永眠。
私たち家族が信頼を寄せてきた担当医に、
私はつとめて冷静に
私の水の飲ませ方がいけなかったのではないか。何かの引き金になったのではないかと聞いた。
医師は、そのようなことが引き金になることは一切ありません。と優しく言い切り、私は泣いた。
駆けつけた母は
「こんなに良い父親を、こんなに若くして亡くすあなたたちが可哀想」と言って泣いた。
12/29(火)-1/3(日) 連絡。弔問客。葬儀準備。
12/31(木) 母の誕生日。私たちが目標にしていた日。
1/2(土) 叔父叔母到着。
1/3(日) 夕方、神奈川の実家からこちらに向かっている夫より、事故の連絡。飲酒運転の対向車に突っ込まれ正面衝突。
夫の車は廃車。本人は幸い軽傷だった。急いで現場に向かい、その後一緒に病院、警察へ。22:30帰宅。
1/4(月) 通夜 (8:30夫と病院 11:00出棺 16:00夫の持ってきたスーツがまさかのストライプだったので急遽スーツ屋へ 18:00通夜開始)
1/5(火) 告別式
1/6(水) 夕方 実家の車を借りて久しぶりの自宅マンションに帰宅。
半年以上前からこの日が来ることはわかっていた。
11月中旬からの容体の悪化を見ていても、その日が近づいていることを感じずにはいられなかった。
入院して、先生から年を越すのは難しいかもしれないとも言われていた。
それでもどこかで、本当にその日が来るとは思っていなかったのかもしれない。
今も、もうその日は来てしまったのだという実感がない。
ただ最期の日の父の顔を思い出す瞬間だけ、ふと現実になる。
これからゆっくりまた色々なことがあるのだと思う。
2020年7月追記:
父の亡くなった翌年に長男を授かりました。
会わせたかった。
孫を抱く父の顔を見てみたかった。
その無念さだけは、長男誕生から9年経った今でも増すばかりです。