※過去記事※

 

2010.3.2(火)

 


かなちゃん学年末試験まっただ中です。

この1ヶ月間は土日も朝から夕方まで一緒に勉強したのでたくさんの時間を共に過ごしました。

明日が試験最終日なので、とりあえず私の連勤も今日で一段落となります。

「学年末テストに向けて先生たくさん来てくれたノデ。」

と、可愛いメモ帳とファイルのプレゼントをくれました。



因数分解に泣かされていたけど、数学のテストはなんとかきのう「まぁまぁ(本人談)」の出来で終われたようです。

あとは明日の英語と理科に向けて、今しっかり頑張ってる…ハズ…。

ケータイのオセロに夢中になっていなければ。



今日行ったらかなちゃんの部屋が少し模様替えされていました。

わかるよ、その気持ち。私もそうだった。

試験前に模様替えしたくなったり、試験前だけやたらとピアノの練習したりしてました。

なんでなのかね。
 

 

 

2008年  結婚

2009年夏 都内2LDKマンション購入

2011年夏 長男出産

2013年夏 次男出産

2013年冬 マンション売却→都内4LDKマンション購入

2016年夏 三男出産

2020年夏 マンション売却→郊外4LDK+αの戸建注文住宅購入

 

ずっとつけてきた日記をもとに

昔のことに遡ったり、今日のことを書いたり

育児のこと、マイホームのこと

私の頭の中のすべてを

徒然なるままに書いていきたいと思います。

 

自己紹介→

 

 

※過去記事※

 

 

2010.2.11(木)

 

 

泣かせちゃった。。。(;_;)

反省。

焦ってはいけない。


やる気がないのは本人のせい?

やる気になれたら本人だってどんなにラクか。

やる気を出したいとどれだけ思っていることか。

 

 

頑張りたいけど頑張れない。

 

どうしても好きになれない。

 

時々何かのきっかけでやる気が湧くけど、どうしてもそれが続かない。

 

 


中学生がやる気になるのってどんなとき?

 

勉強する目標ってなに?

誰かおしえて。

 

 


今度のテストが終わったら春休み。一緒にやり始めてちょうど1年になろうとしています。

私にとっては少なくない額の現金で毎月お給料を手渡されるプレッシャー。。。

でもそれはこちらの都合。

いけないいけない。私はかなちゃんだけを見る。
 

 

 

かなちゃんは今日、

 

自分に対して悔しくて涙が出たって言った。

 

気付いてる?

 

「出来なくてもいいや」って思っていた頃があったよね。

 

その涙

 

あの頃とは別人。

 

あなたは確実に変わっているよ。

 

 

 

2020/6/21追記:

 

上記の記事は、私が勉強が苦手な中学生の女の子の家庭教師をしていた当時の記事です。

私が出会った当初、彼女の成績は学年ビリでした。

これ以上成績が下がると大好きな学校を辞めさせられることになり

塾もダメ、個別指導もダメ、

大手で派遣された家庭教師ともウマが合わず、

藁にもすがる思いの親御さんが目に留めてくださった家庭教師が私でした。

彼女は絵が上手で、字が綺麗で、ピュアで優しくて

私にはない魅力をたくさん持った素敵な女の子でした。

でも勉強ができないために

いつも自分はダメな人間だと言っていました。

時に楽しく、時に厳しく

未熟な私は何度も一緒に悔し涙を流しながら

かなちゃんがなんとか無事に卒業するまでの三年間を二人三脚で歩みました。

 

スポーツ、音楽、美術…

人それぞれ得意なこと、興味を持てるものは違って良いはずなのに。

そうやって社会に豊かな彩りがうまれているはずなのに。

勉強が苦手な子だけがどうしてこんなに苦しい思いをしなきゃいけないのだろう、と

未熟な私はその悔しさを噛み締めることしかできませんでした。

あなたはこんなに魅力的なのに

どうかそんなことで自分を嫌いにならないで、と

ただ祈るような気持ちで支えていました。

 

彼女は無事に中学高校を卒業し、大好きな美術を学ぶ学校に入り、その後デザイナーとして就職することができました。

試行錯誤しながら彼女と過ごした経験は

子供を育てる今、私にとって大きな糧となっています。

 

 

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2013年夏 次男出産

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2016年夏 三男出産

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※過去記事※

 

 

2010.1.13(水)

 

 

みんなとマメに連絡を取りあい、親しい関係を維持するにはけっこうなエネルギーがいる。少し勇気もいる。

久しく会っていない友人にふと会いたくなっても、「会いたいと思っているのはこちらだけかもしれない」と尻込みする。

相手から「会おう」と言ってくれるのを待つズルい自分。

でも、今回のことで知った。

 

違うんだ。

みんなはもっとずっと温かい。人の温かさに触れるってこういうことだ。

この人たちとの関係を一生大切にしたいと思いながら、私はそのために今出来ることをしている?


***


父の大学時代からの仲間たちが家に来て、霊前でおいおい泣いていた。大の男が何人も集まって。



大切なら、待っていないで自分から連絡をしよう。

 

どうしてるかな、と思ったら、「元気?」ってメールを。

 

それが出来なくても、せめて年賀状を出そう。

守りに入っているうちに疎遠になって大事なつながりをひとつ失うなんてばかみたいだ。

 

 

 

 

 

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2020年夏 マンション売却→郊外4LDK+αの戸建注文住宅購入

 

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※過去記事※

 

 

2010.1.8(金)

 

 

この1ヶ月間の記録メモ。
 

 

12/11(金) 二週間に一度、片道2時間の父の通院を送迎する日。

父は癌による貧血のためぎりぎりの体調。車をベッド仕様にし、院内では車椅子。(結果的にはこれが最後の通院)

12/17(木) 父入院。

12/19(土)-20(日) 夫婦共通の部活仲間と合宿。みんなが夫の誕生日を祝ってくれる。嬉しい。

12/21(月) 病院へ。母と一緒に医師の説明を聞く。

癌による悪液質。血小板の減少による急変の可能性。

12/21-27(日) 自宅マンションを離れ、実家と病院を往復。母と交代で病室に泊まる。

始めの数日は激しい痛みとの戦い。

後半はモルヒネ系の痛み止めを増やし、意識障害が出る。

「病室の天井に大きな虫がたくさんいる」など。

父がこれまでの闘病を自身で記録していたノートに、父との会話と症状を全て記す。

途中一日だけマンションに帰宅。

12/28(月) 午後病院へ。父、高熱が出た後、夕方に急変。

ちょうど母と交代して私が付き添っていた時だった。

ストローで水を飲ませてあげたのが最後の記憶となった。

帰路についた母を急いで呼び戻したが間に合わず

その瞬間に立ち会ったのは私だけだった。

20:48 永眠。

私たち家族が信頼を寄せてきた担当医に、

私はつとめて冷静に

私の水の飲ませ方がいけなかったのではないか。何かの引き金になったのではないかと聞いた。

医師は、そのようなことが引き金になることは一切ありません。と優しく言い切り、私は泣いた。

駆けつけた母は

「こんなに良い父親を、こんなに若くして亡くすあなたたちが可哀想」と言って泣いた。



12/29(火)-1/3(日) 連絡。弔問客。葬儀準備。

12/31(木) 母の誕生日。私たちが目標にしていた日。

1/2(土) 叔父叔母到着。

1/3(日) 夕方、神奈川の実家からこちらに向かっている夫より、事故の連絡。飲酒運転の対向車に突っ込まれ正面衝突。

夫の車は廃車。本人は幸い軽傷だった。急いで現場に向かい、その後一緒に病院、警察へ。22:30帰宅。

1/4(月) 通夜 (8:30夫と病院 11:00出棺 16:00夫の持ってきたスーツがまさかのストライプだったので急遽スーツ屋へ 18:00通夜開始)

1/5(火) 告別式

1/6(水) 夕方 実家の車を借りて久しぶりの自宅マンションに帰宅。 



半年以上前からこの日が来ることはわかっていた。

 

11月中旬からの容体の悪化を見ていても、その日が近づいていることを感じずにはいられなかった。

 

入院して、先生から年を越すのは難しいかもしれないとも言われていた。



それでもどこかで、本当にその日が来るとは思っていなかったのかもしれない。

 

今も、もうその日は来てしまったのだという実感がない。

 

ただ最期の日の父の顔を思い出す瞬間だけ、ふと現実になる。

これからゆっくりまた色々なことがあるのだと思う。

 

 

 

2020年7月追記:

 

父の亡くなった翌年に長男を授かりました。

会わせたかった。

孫を抱く父の顔を見てみたかった。

その無念さだけは、長男誕生から9年経った今でも増すばかりです。

 

 

6/25(木)

今日は雨のため残念ながら朝練はできず。

***

毎晩ごはんを食べながらみんなで一話ずつ観ているポケモン。
(アマゾンプライムビデオをクロームキャストでテレビに映しています)

今日はセレナとセレナのお母さんにスポットを当て、
子供の自立をテーマにしたストーリーでした。

いつもどおり、子供のアニメのわかりやすい展開。
ごくごくふつうの起承転結。
…なんだけど

最後に勇気を出して自分の夢を打ち明けたセレナに、お母さんが

「わかってたわよ!思い切りやってごらんなさい」

と言うシーンで一人、涙してしまいました。

「え!?大丈夫!?

 

これ…


…ポケモンだよ!?」

って夫に笑われました。

ちなみに私は基本的に冷徹で男らしく、決して涙もろいタイプではありません。



母親って不思議ですね。

ふと、自分の子供の頃、普段テレビが付いていてもほとんど目を向けず
ニュースにも興味のない自分の母が

子供の虐待とか事故死とかのニュースが流れた時だけはテレビに見入って
「こんなのあり得ない!」
と憤ったり涙を拭ったりしていた姿を思い出しました。

普段熱くなることのない人だったので、当時は不思議な思いでそれを見ていました。

 

さて明日こそ朝練!5時起きのため20時に子供たち就寝です。


***

 

今日も幼稚園のお迎えは自転車で。

クラスのみんなでこのミニトマトの赤くなったやつを少しだけ取って

きゅうりと一緒に氷水で冷やして食べたんだって。

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