4年半以上続いていた先生との関係が終わった。
 
 
経済的自立を目的に1年前から始めた個人契約の人達とも終わった。
 
 
お金が絡まない体の関係がある人も整理した。
 
 
出会い系アプリで知り合った人達をLINEから削除した。
 
 
 
 
今、いろんなことがリセットされた。
 
 
 
 
 
もっと、嬉しいとか悲しいとかスッキリとか何か感情があるのかと思ってたけど、意外に何も感じなかった。
 
 
カウンセラー曰く「予想通り」らしい。
共感が伴ってない関係だから、そういうものらしい。
 
 
それでも、何も感じない自分が悲しく感じる。
カウンセラーの予想通りで悔しい。
 
 
 
 
 
先生とは、今年の4月くらいから会っててもつまらないと感じるようになった。
 
 
誘われても「めんどくさいな」と思うようになってた。
 
 
それでも予定が空いてれば会いに行く自分を自分でも理解できなかった。
 
 
依存心と執着心であって恋愛感情はない。
自分でそう分かってるのに、それでも離れられないのがやはり根深い執着心だったのかな…。
 
 
「卒業しようと思う」と言った私に、
 
不本意だ
 
人生を共にするつもりでした
 
残念です
 
と、返ってきたのが、
自分でもバカだと思うけど嬉しかった。
 
 
そう言ってもらえることが嬉しかった。
 
 
でも、4年半以上一緒にいたのに先生から「ありがとう」とか「楽しかった」とか「頑張ってね」みたいな別れの言葉を最後まで言ってもらえなかったのは、とても残念だった。
 
 
最後のLINEはアンパンマンがお辞儀をしながら「お世話になりました」と言うスタンプ。
 
さすがに返信する気が失せた。
 
 
 
 
 
カウンセラーに、「最後まで一貫してそういう人で逆に良かったじゃん」と言われた。
そういう考え方もあるのかな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ここ数ヶ月で感情の抑圧がさらに進行したようで、最近は食べたい物、欲しいものが分からなくなってしまった。
 
 
カウンセリングに行きはじめたころ宿題になってた「週間活動記録表」がまた始まることになった。
 
 
アセスメントシートよりはましだろうか…。
なんだか振り出しに戻った気分。
カウンセラーは「今までの状態でやるのとリセットされた状態でやるのは違う」みたいなことを言ってたけど。
 
 
 
 
「30歳になるまであと2ヶ月。
30歳になる時はこのままリセットされた状態で突入しようね」
とカウンセラーが言うので、
もし心が揺れそうになってもそこはなんとか頑張ってみようと思う。
 
 
 
 
記念すべき30歳を迎えられるかもしれない。
生きる気力が湧かないままでも、
このリセットした状態で30歳を迎えることに意義と価値があるかもしれない。
 
 
 
 
…書き途中…
 
 
 
初回面談含め7回行った。
 
 
5回目までは順調な気がしてた。
 
6回目で先生のことに言及された。
 
調子が崩れた。
 
いつかは先生についてもテーマにしないといけないとは思ってたけど、まだ今じゃないと思ってた。
 
先生からお金をもらってることを話したら、「それはして欲しくなかった」「ダサいと思う」と言われた。
 
この言葉によって、心にバリアを貼ってしまった感じがする。
 
このカウンセラーにこれからも心を開けるだろうか…と思ってしまった。
 
自分に向き合うこともできなくなってしまい、アセスメントシートもできなかった。
 
 
 
仕方ないから、自己分析をしてみた。
 
なぜ、自分と向き合えないのか。
なぜ、心が固くなった感じがするのか。
 
①生活環境が変わって緊張&気を遣っていて無意識に感情を抑圧している
 
②プライベートな予定が多くて休む時間があまり確保できずに疲れている
 
③カウンセラーに言われた言葉に傷ついた
 
 
③が1番大きな理由に感じられた。
 
 
じゃぁ、なんで傷ついたのか。
 
 
色々考えた結果、
自分も納得してしてる行動ではないから他人がどう思うかが気になって影響を受けたのだろうと思い至った。
 
 
先生からお金をもらうというのは、
もうその時点で普通の恋愛ではないということを自覚してる。
だからこそ、初めてお小遣いを渡された時悲しかった。
格下げされた気がした。
 
 
だけど、ここまで考えても心も頭もスッキリしなかった。
 
 
カウンセラーの言葉に傷ついたのち、怒りも覚えたから。
 
なんでカウンセラーにそんなことを言われなければいけないのか。
カウンセラーの個人的な感想なんか求めてないのに、って。
 
 
7回目のカウンセリングで正直にそれを伝えた。
自分でもよく伝えられたなと、その勇気を讃えたいくらい言い辛いことだった。
 
 
 
そしたら、あの言葉自体にも意味があったらしい。
今のカウンセリングは感情と思考を一致させることをベースにいろんな改善を目指す方針。
カウンセラーのあの言葉に引っかかるってことはそこにヒントがあるのだと言われた。
そうでなければ、わざわざそんな事は言わないと。
 
 
それを聞いて、ようやく納得できた。
 
 
 
そして更にこう言われた。
「これは自分の経験則での感覚だけど、お金が絡んでると改善が難しい傾向がある」と。
だから、ちょっと危機感を感じてストレートな言葉になったんだと思うと。
 
 
だから、風俗で働いてる子はカウンセリングの効果を出すのが難しいらしい。
でもあなたは現状そこまでの状態ではない。
だけど、先生とのお金が絡んだ部分をクリアしないと先に進むのは難しいと感じたからあえて言ったんだと。
 
アダルトチルドレンの人は、
自分がアダルトチルドレンだと気づくと
そこに安心をしてしまう人、親を憎む人がいるらしい。
 
 
そもそも私はアダルトチルドレンの傾向はあるかもしれないけど、虐待を受けたわけではないし、親がネグレクトだった訳でもないし、どちらかというと物理的な生育環境は恵まれていたし、親に可愛がられていたと思うから、典型的なアダルトチルドレンではないと思ってる。
ごくごく一般的によくあるレベルの性格傾向なのではないかと。
 
 
「だから」なのか、「でも」なのか分からないけれど、「みんな、こんなつらいとか、死にたいとか考えながらも生きてるの…?」って思う。
 
 
もしそうなら、それを過剰に感じる自分はやっぱり弱いんだなと思う。
(ぁーこれ、認知の歪みって言われるやつだな…。この修正はまた後日)
 
 
 
私の場合は、アダルトチルドレンの傾向があるのかもしれないと思ってからも、別にそこに安心はしないし、こんな風になった原因が親だからと親を憎んだりもしない。
(親の影響があるとは思っても、親が根本的な原因だとは思ってない)
 
ただ、3人姉妹で、なんで自分だけこういう風に感じるようになっちゃったのかなとは思うけど。
 
 
 
 
 
で、そんな原因とか結構どうでも良くて、
そんなのどうでも良いからとにかく生きたくないんだよね。
死ぬことに幻想を抱いてるのかもしれないけど、思考としてはそうなの。
 
 
病気で生きられない人とか、いろんな理由でもう先が長くない人には申し訳ない、不謹慎だと思うけど…
 
 
そういう風に思っちゃうの。
 
 
だからね、仕事が終わった後の帰宅時とか、ただ道を歩いてるだけでも「あー死ねればいいのに」ってエンドレスで思うの。
 
 
 
生きるって、楽しいことよりつらいこといっぱいあるし、何より頑張り続けなきゃいけない。
 
ぃゃ、頑張り続けなくても生きてはいけるんだと思うけど、つらかったらそれを乗り越えるのに頑張らなきゃいけないでしょ?
つまり、頑張りつづけるってことだと思う。
 
 
疲れるじゃん。
 
 
 
 
 
 
 
 
この考え方、感じ方が変えられるのかな…
 
 
 
初回面談+認知行動療法4回目で
カウンセリングに行くのも5回目になった。
 
 
緊張感が薄れ始めたなと感じたのが4回目。
4回目までは緊張でカウンセラーさんの前で「考える」という事がなかなかできなかった。
脳の回転が止まる感じ。
5回目はだいぶ考えたり、考えたことをカウンセラーさんに伝えたりできるようになった。
 
 
それに伴って、示された方法に対して疑問を持つこともできるようになった。
カウンセラーさんの提示を受け止めて、実際にやることをイメージして、「疑問」をもって「質問」ができるようになったことはカウンセラーさんにも褒められた。
 
 
3回目まで宿題になっていた「週間活動記録表」は「感情を考えられるようになる」という事が目的だった。
 
そして、とうとう4回目で「アセスメントシート」を自分でやってみる事が宿題に変わった。
 
 
アセスメントシートは歪んだ認知を修正していくワークシートで、それまでは面談時にカウンセラーさんと共に1からやってた。
 
 
4回目の面談後、「今度は自分でやってきてみてください」と言われた。
その時は、アセスメントシートをやる元になる、「悩み」を見つけること自体がまだできなかった。
だからすごくアセスメントシートをやること自体がいやだった。
 
カウンセラーさんに「悩みがわからない」といったら、
「じゃあアセスメントシートやりたくないっていうのでもいいんじゃないですか」と言われて
とりあえずそれでやってみることにした。
 
 
そしたらね、結果的にはアセスメントシートをやること自体は割と好きな気がした。
最初は本当にきついんだけどね。
なんだろう・・・自分と向き合わなきゃいけない感じが。
向き合うって必ず自分の嫌な部分、見たくない部分を見なきゃいけなくなるから。
でも、何日にもわたって時間を分割して同じテーマについて考えてると、
いつの間にか見たくない部分の先が見えてくる感じがするんだよね。
元々、他人のことを考えるのは得意じゃないけど、自分と対話するのは苦手じゃないんだと思う。
 
「悩み」に対する「認知」を書き出してそこから発生する「感情」を書く。
で、そうなる「原因」を見つけて「具体策」を書くのが一連の流れなんだけど、
原因まではなんとか書ける。
合ってるかどうかは別としてね。
具体策はまだ全然むりだな・・・。
でもまぁそこはまだ追々ってことで。
 
 
5回目の面談に自分で書いたアセスメントシートをもっていって、
カウンセラーさんと見直してみて具体策を教えてもらって、うん、なるほどねー。みたいな。
 
5回目はそんな感じ。
 
ちなみに、「悩みがわからない」ってなっていた原因は
私の場合、「悩み」って言葉にこだわっていたからだった。
カウンセリングに行きだして、なんとなく安心感ができたせいか、
行こうと思った当初感じていたこととか悩みがわからなくなってるんだよね。
だから現状、思い悩むこともなかったし何を相談すればいいかも分からなくなってて。
だけど、アセスメントシートをやっていく中でその「こだわり」に気づいて、
「あぁ、別に大きな悩みじゃなくてもイライラしたこと、少し困ったこと」でもいいんだって思えた。
まぁ、アセスメントシートにも「イライラしたこと・悩み」って書いてあったからそれがヒントになったんだけど。
 
 
アセスメントシートをやることが嫌じゃなくなった次の悩みは
「カウンセリングがいつ終わってしまうのか・・・」という不安。
今はこれが大きいかな。
カウンセリングに行くこと自体に「安心」してしまってる今。
金銭的な問題もあるし、カウンセリングなんて長々と通うものではないとなんとなく思ってる。
だけど、カウンセリングが終わってしまうことも不安だ。
サジェスチョンしてくれる人がいなくなる。
依存心ってやつかな・・・
 
 
この結果は次回のお楽しみ。
 

カウンセリングに通ってる。

初回、1回目、2回目と3回行った。

毎回、学ぶことはある。

なるほどって思う。

死にたい、気持ちが落ち着く、死にたい、気持ちが落ち着くのエンドレスサークルから抜け出せるんじゃないかという希望が持てる。

 

 

・・・だけど。

 

 

カウンセラーさんが言うように、今まで感情に蓋をしてきたんだと思う。

時には意識的に、時には無意識に。

高校生の時、「感情を平たんにすると、怒りも悲しみもなくて良いことだ」って気づいて、

なるべく平たんにすることを意識した。

狙い通り、多少気持ちが鈍化した。

マイナスの感情が鈍化すると共に、プラスの感情も鈍化したと気づいたのは大学生になってから。

大学で付き合っていた部活の先輩と過ごすことで、感情を取り戻した。

「楽しい」って感じたり、「うれしい」と感じたり、あの頃はプラスの感情が豊かだった気がする。

その先輩を振ってから、風俗で働いて、また感情に蓋をするようになった。

感情をまっすぐまともに感じていたら風俗で働けなかった。

嫌な人だっている、自分が風俗で働ける感覚を持っていることに対する後ろめたさ、

一般的な人と感覚が違うという罪悪感・・・etc

社会人になってからは、無意識が多かったのかもしれない。

負の感情が芽生えそうだと感じた瞬間、気持ちをフッとそらすとか。

そういうのが蓄積されてある日突然、キャパオーバーで気持ちがパニックになったりして、

きっと死にたくなる・・・。

 

 

で、意識的に感情に向き合うようにしている現状。

思いのほか、苦しい。

楽しいってどんな感情?安心って?

感情なんて、みたくない。負の感情だったら尚更。

負の感情を意識的に感じること自体が、目を背けたい現実。

 

カウンセリングに行き始めて1か月。

毎日、「活動記録表」を書いている(宿題)。

1日の流れ(活動)を書いた横に、それぞれの活動中に感じた感情を書く。

単純な作業なのに、かなりのプレッシャーと少々の苦痛を感じる。

 

目的は、感情を中心に考えられるようにすること。

だから、どうしてその感情を持ったのかとか、書いた感情が実際の感情を適切に表現しているかは現段階では関係ない。

だけど、どうも意識しすぎてしまう。

記録に残すなら、適切に表現したい。感情を認識したら、どうしてそう感じたのかまで考えたくなってしまう。

実際は、どうしてそう感じたかまで考えるとちょいウツになってしまうからできないのに・・・。

 

あーここまで書くだけでも疲れちゃう。

本当は頭で色々考えたこと、感じたことを備忘録として書きたいのに、

考えるスピードのほうが速いから、書くスピードに合わせるとテンポが合わない。

 

 

カウンセリングで希望が持てたのと同時に、

カウンセリングの存在への依存も始まった気がする。

カウンセリングという存在があることでの安心感。

安心感があるから、希望があるから、精神的な落ち込みに歯止めがきいてしまう。

気持ちが落ち着いてしまうと、何に困っていたのか、何に悩んでいたのか、

カウンセリングで何を相談したかったのかがわからなくなってしまう。

 

今は、次のカウンセリングで相談する悩みを探すことが、精神的な負担になってる。

本末転倒。

 

気持ちが安定したのなら、カウンセリングに行く必要はないのかもしれない。

でも、行かなくなったらきっとまた遅かれ早かれエンドレスサークル。

どうしたら良いんだろうか。

 

あ、あと、これを悩み事として話しても良いんだろうか、とかも考えちゃうかな。

ちゃんと考えれば自分でももう少し解決策見つかるような気がすることや、

そもそもどうしようもないんじゃないかと思うこととか。

そんなの、みんな困ってることだよ、とかね。

 

私の悩みの多くの根本には「顔色伺い」が原因として横たわってる。

カウンセリングを受けるにあたっても、これが邪魔をしている。

 

次は来週。

活動記録表は来週の面談をもって終了らしい。

ホッとするな。

 
 
※タイトルはあくまでも今のテンションを表現してるだけ。
 
 
 
 
 
今日、初回面談に行ってきた。
 
 
first impression
怖そう…
 
 
見かけがいかついとかじゃなくて、
インテリ的な怖い感じ。
 
針のような言葉が発せられそうな口調。
 
 
「悩みに寄り添う気は全くないょ」と意思表示されてるような感じがした。
 
寄り添うっていうのは、
・辛かったね
・大変だったね
・そうか、そんなことがあったんだね
みたいな、なんだろう、優しさを前面に出したかのような猫のような対応?
 
 
別にそうしてもらいたかった訳ではないけど、針のような印象はすごく緊張感が強くなった。
 
 
最初に待機室で問診票的なやつに症状とか悩みとかを書くんだけど、それを1つ1つ解説させられる。
 
 
こういう、初対面で説明みたいなのって苦手だから全然上手く説明できない。
でもまぁそんな人はたくさんいるんだろうな。
 
 
話していくうちに、あぁやっぱり自分が思ってた解決しなきゃいけない問題点は合ってたんだなって分かって、更にどういう考え方が原因でその問題点が発生してたのかを説明してもらって、あぁ「変われるかも」って思えた。
変われる可能性が見えて嬉しくなった。
 
 
特に、「今の恋愛(先生との関係)もやめられるようになるから」って言われた瞬間は涙が溢れてしまった。
 
 
自分にとって、終わりにすることが涙を流すくらい嬉しいことだなんて…
終わりにしたいとは思ってたけど、そこまで終わりにしたいと思ってたことにびっくりした。
 
 
10月の誕生日までに克服したいって言ったら「大丈夫、できる」って言ってくれた。
 
 
ただやっぱりね…
これからやっていくことを想像してみたら、考え方のトレーニングはとても難しそうで前向きになってる面談中でさえ一瞬腰が引けてしまう。
 
 
でもね、でもね、もう30手前。
今、頑張り時だょ?
今頑張ればこれからもっと生きやすくなれるかもしれない。
変わりたいって思えたこのタイミング、大事にしたい。
 
 
 
 
本日学んだこと…
・思考が感情に共感してない状態
・なんなら感情を否定してる→自己否定
・負の感情が悪い訳ではない、
でもその感情に蓋をするのは状態を悪くする
・負の感情の原因を追求して、共感して、じゃぁどうしたらよいか、っていう思考にすると、負の感情も認めつつ他の手段/曲面に進める
 
 
ちょっと話すスピードが速かったから、
分かったような分からないような…
まだ自分の言葉で説明できるレベルじゃないな…。
 
 
でもつまり、負の感情を放置しないってことなんだと思う。
 
 
宿題が出ました。
1日の行動を記録して、その時の感情を隣に書く。
まずは感情に気づくこと。
 
 
休憩中の感情とか、思い返してみても、ぇ?感情なんかあったっけ?って感じ。
 
 
初っぱなから難しい宿題だけど、なんとかやってみる。
 
 
 
 
今日は、暗いけど明るい話。
 
 
 
 
職場では、検査技師の生き残る術であるエコー検査の練習を去年の夏からさせてもらっていて、昨年末には健診での腹部エコーデビューをした。
(受診者さんには申し訳ないけれど、検査結果は保証しかねる…)
 
 
それが結構なストレスで、
珍しく体重減ったりする影響はあったんだけど、でも不安症がくるほどではなかったんだと思うんだよね。
 
 
時同じくして、
年末に婚活パーティーでカップリングして連絡取り合ってた人がいたんだけど、どうやら脈なしだと感じて諦めた瞬間から崩れ始めた感がある…。
 
 
早坂さんというザAB型みたいな彼を諦め、先生に癒しを求め、不安症は加速。
先生はしっかり役割を果たしてくれたんだけどね。
欲求通り甘えられたから、さらに甘えの気持ちが出たのかな。
 
 
仕事をしてない時、
漠然とした不安感、焦燥感に襲われる。
 
 
おかげさまで転職してからの2年間、ほとんど飲んでなかったソラナックス(抗不安薬)にここ数日お世話になってる。
但し、残薬が少ないんだよね…
これが無くなる前にどうにかしなきゃ…って。
 
 
 
で、とうとう、
根本的に自分をどうにかしようかなって思った。
 
 
勝手にアダルトチルドレンって自己判断してるけど、実際はどうなのか、もしそうならどうやって克服するのか、どうやって共存するのか。
 
 
いい加減、生きづらいまま生きるのが辛くなってきたんだよね…。
だって、自分で死ぬことができないってことは分かっちゃったから。
 
 
 
傷つきやすい、
自信がない、
人を心から思いやれない、
ふと死にたくなる、
承認欲求が強い、
見捨てられ不安…etc
 
 
今までは
「なんで自分が変わらなきゃいけないんだ」
「自分が変わってまで生きていたくない」
って思ってたけど、自分を変える必要性を受け入れられるようになってきたのかもしれない。
 
 
とにかく、今のままで30才を迎えることがすごくいやだ。
こんな、子供のままで30代の自分が生きていくことへの抵抗感が強くある。
このままなら、人生は29で終わりでいいと思ってしまう。
弱い人間は淘汰されるべきだと。
 
 
だから来週、とりあえずまた人の手を借りてみようと思う。
ACや認知療法をメインにカウンセリングしてる人に。
 
 
すぐに結果を求める私だけど、
結果はすぐに出るわけがない。
どうかカウンセラーさんとの相性が合い、少しずつ変わっていけますように…。
 
 
で、願わくば、依存対象である先生から卒業して新しい彼氏ができますように…。