「官僚たちの夏」第5話を観て
風越の言っている事も玉木の言っている事も正しい。だがその時代においてどうなのかという問題だ。今となっては常識的な事が、その当時においては必ずしも正義ではない。国際化という事は今では当たり前だが、産業界の力がまだまだ弱い当時においては死活問題だ。
だがここに環境汚染の問題が発生した。今は環境問題は必須の課題だが、高度成長期の当時においては産業発展が優先された。ここに至って風越の正義は逆転された。公害問題は、その公害発生地域においては生き死にの問題だ。
いつの時代も普遍的な正義はない。ある時期正しい事が、次の世代には悪になる。一方にとっては喜ばれる事が、もう片方にとってな被害者として責められる。過去の歴史が雄弁に物語っている。
古くは<足尾銅山><水俣病>、高度成長期には<工場排煙(スモッグ)・廃液垂れ流し> 等 例には事欠かない。
経済の発展途上においては無視されてきた事が、犠牲者が出るにいたってその方向は修正された。経済競争の中で、安全にも予算を当てなくてはならないということだ。それは石油基金が公害問題の解決に当てられなければならないという事だ。
池内の行った決定は日本の歴史を見れば、その後の検証は明らかだ。須藤のような優秀な閣僚がいても、正しい事が必ずしも政策に反映されるとは限らない。だが中心的な役割を演じた玉木は、人事において追われる事になった。風越も玉木も日本国の為に良かれと思って一身を投じてきたのだが、政争の具として翻弄される事にもなる。