山本嘉次郎「カツドウヤ紳士録」 | 三食カレーの 振り向けば桃源郷

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映画監督、山本嘉次郎が昭和26年に出版した、映画創世記の内幕をつづったエッセイ。同時に氏の半生記として読むこともできる。ジャズ評論家の久保田二郎氏がエッセイの中でこの本についてふれているのを読んで、気になって気になって仕方なかったが、復刻の気配もなく、といって神保町の古本屋を漁る気力にも欠けていた。それで50年もたってしまった。みかねた家族がネットのオークションでみつけてくれたのだ。

山本監督は、友人に誘われて浅草オペラをのぞいた時から芸能の世界に魅入られ、慶応大学を中退して映画の道に迷い込んでしまう。まだ無声の活動写真と呼ばれた時代である。日本映画の神話時代を彩ったひとたちの名前が次々と登場する。たとえば、友人と女優・岡田嘉子の仲をとりなそうとして、毎晩銀座のカフェで彼女と会っていたら、そのうち自分と岡田の仲が噂になってあわてたり。

子役時代からすぐ近くで見ていた高峰秀子、俳優などなる気はなかった三船敏郎を面接でその可能性を見出して採用させた話。黒澤明と高峰秀子の仲人を承諾しながら、二人は結婚しなくてよかったと回想するくだり。日本映画史の当事者にして証人でもあった。

アメリカ仕込み、徳永フランク監督のくだりが笑わせてくれる。カンバス張りの椅子にふんぞりかえって、足元に空き缶、空き瓶、レンガなどを置いておき、役者が下手な芝居をすると「ヘイ ユウ ジャップ ガッデム クライスト」などと怒鳴って、投げつける。「お前だってジャップだろう」と逆襲されると、ピストルを振り回す。

「いつもウナギの下にドジョウはいない」とか
「ぼくは君をば不信用せんよ」とか、不思議な日本語を使っていたという。

 

「お前の脚本にはドラマがあってチックがない」

この映画史に残る名言が当時の日活撮影所の名物所長のものだったとは、知らなかった。正攻法すぎてケレンがないという意味で、陰影に欠けるともいえよう。この名物所長には、こんなエピソードも。ハリウッドから有名俳優夫妻を迎えたとき、所内を案内しようと歩き出し、周りの所員に向かって「ジャパニーズ、続け」。

思い出話はあちこちに飛び回り、雑学好きを嬉しがらせてくれる。たとえばこんな話。明治初年、イギリスから煉瓦を輸入すると、数十個がブリキの缶に入って送られてくる。日本人がこの缶を叩いて「これは何か」と聞いたら、イギリス人は中身のことを尋ねられたと思い「これはブリック(レンガ)である」と答えた。以来日本に「ブリキ」という言葉ができたとか。オーストラリアの「カンガルー」とよく似た話ですね。

山本氏には数多くのエッセイがあるが、書店で手に取ることはまず不可能だ。全く復刻されていないからである。映画の裏話だけでなく、食通で知られた氏ならではの料理・食べ物エッセイも食指をそそってくれる。頼みはネット・オークションか出版社の復刻ということになります。