新しい風景

 

     母の引っ越しを終え、新しい住まいは、母が使い込んできた

    思い出の品々と、引っ越しの折に見つけた目新しいものでようやく

    整えられました。

     母が私に物の場所を尋ねることも随分減りました。

    

     母は朝の炊事を終えると、ベランダ側の部屋からお気に入りの

    椅子に腰かけて、母が先日までずっと暮らしていた郷里の方角にある

    山並みを眺めることが新しい日課となりました。

    そして

    「ここからも山が見えるから・・・よかった・・・」

    と言います。

    その言葉を聞いて私もうれしくなり、ほっとします。

 

     先日の良く晴れた日の午後、私が買い物から帰宅すると、

    母はその部屋のガラス戸に顔を近づけて立っていました。

    一生懸命目を凝らし遠い山並みを見つめていました。

    「どうしたん?」を私は尋ねました。

    母は

    「あのな、山の中腹の白く見える線を見ていたら、小さい黒い点が

    動いてるわ・・あれは自動車が走っているところやね。」

    と弾んだ声で答えました。

    確かに目を凝らすと見えます。

    「ほんと、すごいね」

    と私も母に返します。

 

    しばし、二人で山の一点を見つめていました。

 

     そしてふと、母が小さくつぶやくのが聞こえました。

   「お父さんの自動車でたくさん山の向こうへ連れて行ってもらったなあ」

 

                          ぷちとま