昔、座頭の沢市はお里という女房と仲良く暮らしていました。
ある頃から、お里は早朝に床を抜けだすので、沢市は「浮気をしているのでは・・・」と不安になりました。
ある時、意を決して、沢市はお里に問いただすと、お里は沢市の目の病が治るように壺阪寺の観音様に毎朝お参りに行っていると言います。
それを聞いた沢市は疑った自分を恥じて、一緒に観音様に詣でることにしました。
しかし、内心は自分が盲人であるが故に苦労をかけていると思っていたのです。
それで、先にお里を家に帰してから、自分は壷阪寺の崖から谷へ身を投げてしまいました。
お里は不吉な予感がして、寺に戻りますが、沢市が谷へ身を投げたと知ると、悲しみのあまり自分も谷へ身を投げてしまいます。
しかし、観音様の力で奇跡がおこり、二人とも助かり、沢市の目は見えるようになりました。
おしまい
これは、歌舞伎や人形浄瑠璃で今も演じられる有名な話だけど、最後の観音様が助けるという部分が本当にいらない。
この話は信仰のためのご都合主義過ぎる。
悲恋の死は美しく、神様の力で楽に生きるのは醜悪でしかない。
と言えば言い過ぎか。
写真は、二人が身を投げたという、”投身の谷”の前の沢市とお里の像


