その昔、讃岐国(今の香川県)に日証上人というお坊さんが、いました。
ある夜、どこからか琴の音が聞こえてくるので、「こんな所で琴を誰が弾いているのだろう」と、不思議に思った日証上人は、外に出て、大きな岩の上から琴の音が聞こえる方に目をやると、海に浮かぶ一艘の船から聞こえてくるのがわかりました。

日証上人は「その船にいるのは誰ですか?」と聞くと、
「我は宇佐八幡大神なり。これから、京に赴き、朝廷を保護せんとするところだ」という返事があったので、これはおかしいと思った上人は、「本当の宇佐八幡大神なら、その山の上に登ってみよ」と船に向かって言いました。

すると、船は不思議な事に山を登って行きます。
上人はたいそう驚き、その山に八幡宮を勧請し、琴弾八幡宮と名付けました。
上人のお寺は神宮寺と言いましたが、後に廃れて空海が再興し、観音寺となって今に至ります。

おしまい

琴弾八幡宮は駅から徒歩で15分くらいのところで、とても長い階段がありました。

その階段に源義経が屋島の合戦勝利後に奉納した木の鳥居があり、神社からは有名な銭型砂絵も良く見えました。

 

写真は、琴弾公園にある日証人と宇佐八幡の問答石。

駿河国のお殿様、今川氏真は西から徳川家康、東から織田信長に攻め込まれ、家臣である朝比奈泰朝の掛川城へ逃げ込みました。

この城を落とそうと徳川家康が攻撃をしたら、井戸から立ちこめた霧が城を覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなりました。

それ以来、掛川城は「雲霧城」とも呼ばれるようになりました。
井戸は「霧吹き井戸」と呼ばれて、天守閣の入り口近くに今もあります。

 

掛川城は掛川駅からほど近い場所にあり、近くで売っている抹茶ソフトが美味しかったです。

 

昔、東勢村というところに高橋長者と呼ばれるお金持ちがいました。
ある日、竜宮のおみやげという「人魚の肉」を娘が食べてしまったところ、不思議なことに歳をとらなくなりました。

娘が120歳の時に尼となり、全国を行脚して、故郷の若狭国に戻って来て、明神山に庵を建てて住みました。
800歳の時に洞穴に入定し、洞穴の前に椿を植えて「この花が枯れた時に私の命は無くなっているでしょう」と皆にお告げになり洞穴へと入って行きました。

それから、長い年月がたちましたが、椿は今も枯れていません。

おしまい

八百比丘尼の伝説は各地にあり、内容も地域によって少し違っている。
椿を植えて立ち去り、椿が大木になったときに帰ってきて何百年も前の話をする等。

なお、八百比丘尼の八百は単純に八百歳生きたと言われることが多いが、八百は”沢山”という意味なので、沢山生きたが正解。

八百屋さんの八百も品物が”沢山”あるという意味。
他にも嘘八百や江戸を称して八百八町等。

なお、小浜では八百比丘尼は、”はっぴゃくびくに”で、他所の大部分の地域は”やおびくに”で呼ばれている。

 

小浜は本当に良い所で、空印寺は小浜駅から徒歩で10分無いくらい。

お隣の東小浜駅の方が見どころが多く、駅でレンタサイクルしてノンビリ散策するのがお勧め。

写真は入定したと言われる空印寺の洞穴。