紀州熊野の「東光坊」というお坊さんが安達ケ原で宿が無く困っていた所、ようやく一軒の家を見つけました。
その家は老婆が一人で住んでいましたが、お坊さんは泊めてもらえることになりました。

お坊さんが寝ていると、何やら「シュッ、シュッ」という音が聞こえて目が覚めてしまいます。
そして、そーっとふすまを開けて音のする部屋を覗くと、老婆が包丁を研いでいます。
お坊さんは不気味になり、自分の寝ていた部屋を探ってみると、押し入れから沢山の骸骨が出てきました。

殺されると思ったお坊さんは、慌てて逃げだします。
逃げたことに気が付いた老婆はもの凄い剣幕で追いかけます。

お坊さんはこれまでと思い、地面に座って如意輪観音の像を取り出して祈りを捧げると、観音様の像は空に舞い上がり、弓で鬼婆を射殺してしまいました。

その後、観音様は白真弓如意輪観音として、鬼婆の住んでいた岩屋に建てられた観世寺に祀られて今にいたります。

おしまい



(写真は鬼婆の死体を埋めたという黒塚)

昔々、京都の貴族の屋敷に「岩手」という名の乳母がいました。
乳母が長年育てて来た姫が病気になってしまい、易者に「妊婦の生胆を飲ませれば治る」と言われ、遠いみちのくに旅立ち、安達ケ原にたどり着きました。

ある晩、伊駒之助と恋衣と名乗る若い夫婦が岩手の住まいに一夜の宿をお願いし、泊めてもらうことになりました。
その夜、恋衣が産気づき、伊駒之助は薬を求めて出ていきました。

岩手はこの時とばかりに出刃包丁で恋衣の体から生胆を取り出すと、苦しむ恋衣が「私たちは小さい時に京都で別れた母を探しているのです」と語り、お守り袋を見せて息を引き取りました。

そのお守り袋を見た岩手は半狂乱で泣き叫びます。
そのお守り袋は自分が娘に持たせたものだったのです。
岩手は自分の娘を殺してしまったことで、気が触れて、とうとう鬼になってしまいました。

以後、宿を求めた旅人を殺しては、その肉を食らうようになり、いつとはなしに安達ケ原には鬼婆が住むという話が広まりました。

(写真は鬼婆が住んでいたと言われる岩屋)

 

昔、大和の国(今の奈良県)が湖だったころ、湖のほとりにある当麻という場所と対岸の川原という場所の間でけんかが起こりました。

その結果、湖の水は当麻に取られてしまい、沢山いた湖の亀は死んでしまいました。
哀れに思った村人たちが亀の形を石に刻んで供養しました。

今、亀石は南西を向いていますが、もし西を向き、当麻をにらみつけたら、大和盆地は泥沼になると言われています。