江戸時代のお話。
魚屋さんが病気で商売ができなくなり生活が苦しくなってしまいます。
すると、可愛がっていた猫がどこからか二両くわえて持ってきました。
そのお金のおかげで、生活が出来て、再び元気になり商売を始められるようになりました。

しかし、その頃から猫の姿を見ることはなくなります。
ある商家から二両をくわえて持ち出したところをお店の奉公人に見つかり殴り殺されてしまったのです。

それを知った魚屋さんはその商家に行き、事情を話すと商家のご主人も猫を哀れんでお墓を建てました。

そのお墓は両国の回向院にあり、猫の恩返しとして江戸時代に評判になり、江戸時代から現在まで猫好きが訪れています。

 

毛利輝元が広島在城の頃、重臣児玉三郎右衛門にはとても美しい娘がいましした。

その話を聞いた毛利輝元は、娘を側室として手に入れようとします。
が、重臣の娘となると側室ではなく、正室となるのが普通なので、家来の三郎右衛門は主君と言えども娘を側室に出すわけにはいかず、大内氏の家来で名家の杉小十郎に嫁がせることにしました。

暗君で名高い毛利輝元は、杉小十郎に小早川隆景に従軍して九州に遠征させると、その間に小十郎の嫁を広島城にさらってしまいます。

それを伝え聞いた小十郎は、広島城に急いで帰るが、無残にも返り討ちにあってしまいました。
広島城に拉致された姫は頑として変態殿さまを受け入れませんでしたが、毛利輝元は姫をなんとか側室にさせるために児玉一族を改易し、嫌がらせを始めたので、姫はついに側室となってしまいます。

その頃から、広島城では度々不吉な事件が起こり、杉小十郎の怨霊の仕業と噂されるようになりました。

その後、側室となった姫は子供ももうけていたが、毛利氏の萩への転封に付いて行かず、山口の覚皇寺にくらしたといいます。

お寺で姫は「私は容姿が美しいばかりに、夫を死なせ、実家も没落してしまった。容姿が美しいことは不幸なことだ。醜女の方が地味でも幸せな一生を送れる。せめて、この周防国では美人が生まれないように祈りたい」と言い、その後、山口の地には美人がついぞ一人も生まれなかった。

おしまい。

最近の山口ではこの後半の部分をそっくりカットしている。
まぁ、山口県に美人はいないという伝説はいくらなんでもと言ったところだろうが、伝説は伝説として伝えていかなければいけませんね。(^^;

毛利輝元は暗君として幾多の伝説があり、毛利氏といえば薩長勝ち組なのに悪い話ばかりがあるんだから、本当にどうしようもないレベルだったのが伺えるというもの。w

写真は輝元が萩に移るまで居城としていた広島城。

 

昔々、立花と言う所に仲の良いおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、出先で雨に降られたおじいさんは、雨宿りのために大きな木の根元に行くと、赤ん坊が泣いているので、連れて帰って育てることにしました。

赤ん坊は、喜助と名付けられて、すくすくと育ち、おじいさんもおばあさんもたいそう可愛がりました。

ある年、雨がほとんど降らないので、困っていると、喜助が「私は実は龍の子で、人間界に修行にきていたのです。今こそ、天に戻って雨を降らせます」と言い、外に出ていきました。

喜助は龍になって、天に昇り雨を降らせましたが、おじいさんとおばあさんは、喜助がいなくなったことで嘆き悲しみ、その場に何日も座り続け、とうとう石になってしまいました。
この石を人はジジ・ババ岩と呼び今に至ります。

おしまい

このジジ・ババ岩は岩手県の北上展勝地の近くにあり、道路の真ん中にあるのがババ岩。
写真奥の土手付近にあるのがジジ岩とのこと。
訪れたときは、桜の季節で、この北上展勝地はみちのく三大桜なので、凄く賑わっていました。

また、北上はご当地グルメとして、コロッケを売り出しています。