100名城の1番、アイヌのチャシ跡群。
行ったのは、日本最東端の納沙布岬近くのヲンネモトチャシ。
チャシはアイヌの砦のようなものであったと伝えられているが、どのような建造物があったかは分かっていない。

ここのチャシは1番人が訪れるから、チャシの代表例な遺構で、堀切と建物が建っていたと伺わせる平坦な地面だけが残るけど、それが凄くいい雰囲気。

納沙布岬から徒歩で25~30分位で道は単純。
ここは、歩いていったほうが雰囲気を堪能できるのでお薦め。
チャシ跡には、野鳥観察の小屋があるので、駐車スペースもあった。

徒歩で行きたいとは言ったものの、車で行けば、ヲンネモトチャシの少し奥のチャシも見れる。

 

鳥谷ヶ崎城というお城が元々あって、瑞興寺が建っていた場所に本丸を移す際に大幅に改築して、花巻城とした。

ここは、豊臣秀吉による奥州仕置きで没落した、稗貫氏と和賀氏による一揆で有名な、花巻城の夜討ちの舞台。
これは、旧領を奪回するために稗貫氏と和賀氏が起こした一揆のことで、裏で糸を引いていたのは伊達政宗。

ここは、花巻駅から10分ほどの所にあって、公園などに綺麗に整備されてて良い所でした。
行った日は本丸跡でバザーが行われていたので、本丸辺りはあまりじっくり見れなかったけど、相撲で有名な二所ノ関部屋の二所ノ関軍右ェ門の墓碑がありました。

余談だけど、この二所ノ関部屋は跡目争いを起こしていて、そのあおりで引退してプロレス入りしたのが天龍であったりする。

 

その昔、玉藻の前という、鳥羽上皇の寵愛を受けた美女がいました。
しかし、その頃から上皇の具合が悪くなり、お医者さんにも原因が分かりません。
それを、陰陽師の安倍晴明が九尾の狐が化けた玉藻の前が原因と見破ります。

見破られた九尾の狐は那須まで逃げますが、退治しにきた三浦介義明に矢を討たれて退治されます。

退治された九尾の狐は毒の石となり、人々は殺生石と名付けました。
栃木県の那須に今も殺生石はあります。

おしまい。

殺生石は硫黄の臭いが立ち込める、那須で有名な温泉「鹿の湯」のすぐ側にあり、今も人気の観光スポットとなっています。