100名城の93番、熊本の人吉城。

 

相良氏の居城で、相良氏は鎌倉時代に地頭として赴任し、その後670年間統治していた。
お城の見どころは、なんと言っても武者返しの石垣。

お城は広くて、綺麗に整備されていました。

人吉は人気の観光地で、青井阿蘇神社が国宝となっていて、近くには幽霊の掛け軸のお寺なんかもあり、とても良いところでした。

 

城内にある、人吉城歴史館には重臣相良清兵衛の地下室で発見された石垣で覆われた井戸が見れる。

これは、二階持仏堂の地かと推測される場所で、今なお謎に包まれた部屋であるとのこと。

 

ちなみに、この相良清兵衛という人は、お家安泰のため、関ヶ原のおり、相良家を東軍に寝返らせた人物で、藩の最大の功労者だが、次の藩主に専横を責められ、熊本から遠い弘前に預けられるとこになる。

まぁ、これも良くある話だけど、次の殿さまからすれば目障りだろうし、政治的な駆け引きが必要なんでしょうねぇ。

 

 

 

 

 

和歌山県新宮市の新宮城(丹鶴城)。

紀州徳川家の付家老・水野重仲が新宮を領することになり、三原に移った浅野氏から工事を引き継ぐ形で完成させたお城。

お城は駅から10分くらいで、石垣などが良く残り、公園として整備されていてとても良かったです。


また、秦の始皇帝から不老不死の薬を探しに命じられた徐福が降り立った所として、徐福公園がありました。(徐福に関しては降り立ったと場所に諸説あり)

 

お城には丹鶴姫の碑があったが、丹鶴姫とは次の通り。

源為義は検非違使として、この地を訪れた際に、熊野別当長快の娘を見染めて結ばれ、一男一女の子供が生まれて、女の子の方が丹鶴姫で、男の子の方が新宮十郎行家。

丹鶴姫は夫の死後に東仙寺を開き、そのお寺があった場所が新宮城になります。

 

甥にあたる源頼朝から、紀伊国佐野庄等多数の土地の地頭に任命され、幕府の御家人として、権勢を誇ったとのこと。

 

また、丹鶴姫と言う子供をさらう(殺す?)、お姫様が現れるという都市伝説がここにあったらしい。

口裂け女のご当地版みたいなもんでしょうか。(笑)

 

 

 

 

 

長崎県島原の100名城の91番島原城。

有馬直純が日向国延岡藩に転封されて、松倉重政が大和より入部すると有馬氏の居城であった日野江城を破却して、島原城を築城。

4万3千石の身でありながら、巨大な城を作ったために、税の取り立ては厳しく、後の島原の乱の原因の一つとなった。

この松倉重政公は強烈な人で、キリシタン弾圧でキリシタンの額に「吉利支丹」という焼き印を押すという記録が残っている。

島原城はかなり立派な石垣が残り、天守は復興であるものの、当時の形に近い様式で作られている。

お城の目の前に観光復興記念館があり、見事な刀があるので、忘れずに見ておきたい。

島原は凄く良い所で、武家屋敷等の見どころも多く、美味しいものが沢山。

人も親切で何度も行きたくなる所でした。
アクセスは熊本市から船で渡るのが一番行きやすいです。
島原外港から熊本港へは船で30分くらいで、バス代込みで1300円の券が出てました。
ちょっとした船の旅気分も味わえるのでお勧め。

 

食べ物は、素麺が有名だけど、甘い蜂蜜の汁に白玉が入った”かんざらし”や”具だくさん雑煮”、麺にさつま芋が使われているお蕎麦の”六兵衛”やふぐの押し寿司の”ガンバ寿司”が郷土料理として食べられる。