一年半余り前のこと。
診察室のドアを開く。四十代半ばくらいの白衣の男が机に向かっている。よろしくお願いします。あ、こちらこそ。
挨拶の言葉が交錯すると、白衣の男は少し間を置いてからこちらを見る。ふと、誰かに似ていると思う。自分には青年に見えるが社会では中堅の働き盛り世代だ。大学病院の医師だって同様だろう。手のひらで差し示された椅子に座る。
医師は机の上のモニターに肺のレントゲン写真を映し出すと、いきなり攻撃的な口調で言う。
「気胸になってるじゃないですか」
「気胸? ですか」
医師の物言いと気胸という初めての指摘に、何か悪事を暴かれ、責められているような気持ちになる。「それは」
どうもすいません、と言いそうになって言葉を飲み込む。
「ここです、左」
医師はレントゲンの上方を指差す。「肺が縮んで身体とサイズが合わなくなっているんだな。まあ、消えることもありますけど、一度気胸になると手術や色々な検査、例えば内視鏡検査とか、呼吸機能検査とかもできなくなるんですよ」
「はあ、どうすれば」
「どうにもしようがないですね。できることはないですよ。痩せているからオフェブも使えないし」
「B病院の先生に間質性肺炎を専門とする医師がいないので、この病に関しては権威のこちらに行ってみてはどうかと言われて来たんですけど」
それを聞くと医師は、ふざけんな、とでも言いたげな様子で口を尖らせる。
「専門とする医師がいないだなんて。B病院なら呼吸器内科の医師は5人くらいはいる筈なのに。それだけいれば十分ですよ」
そして吐き捨てるようにつけ加える。「私だって肺がんの手術をすることがあるのに」
「そうなんですか」
医師の言葉が何を意味しているのかよく分からない。能力が高いので専門外の難しい手術をさせられることもある、とでも言いたいのだろうか。
「あなたの家の近くには、B病院だけではなくA病院もあるのに。うちにできることはどちらでもできますよ」
「はあ」
どうもすいません。心の中だけだがもう一度謝る。それなのに来てしまってごめんなさい。
「B病院には引き続き診て貰うよう、そうだな、二週間以内に文書を返しますから、その頃にあちらへ行ってみてください」
「わかりました。あの。それで検査結果は?」
医師がもう診察を終わらせようとしているらしいのを感じ取ってあわてて質問する。時計を見るとまだ三分も経過していない。これまで電車に乗って三回来た。初診の手続きや若い医師による予診に半日、十本のボトルに血液を採り、レントゲン、CT、6分間歩行検査を行うのに半日を費やした。健保の自己負担分だけでも三万円は支出した。
「血液検査でセキセイインコにアレルギー反応が出ていますね。しかし少し飼ったことがあると数値が上がったりするので」
「なるほど」
B病院の医師よりは冷静な認識だと思う。B病院ではこれだけで過敏性肺炎と診断した。
「それとSPDが577と高いですね。上葉にある人は高くなる傾向があるんですよ」
「そうなんですか」
これは新たな情報だ。
「KL6は498で正常範囲です。後は、そうだなあ、特段のことはありませんね。じゃ今日はこれで」
「あの、病気の程度は?」
「気胸になってるくらいなんだから悪いんじゃないですか」
「はあ」
医師は、もう三分経ったし、これ以上教えてやんない、とでも言いたげな顔をする。
「とにかく太ることですよ。じゃ今日はこれで」
「太る?」
太ればオフェブを使いやすいということか。後になってこの医師は言葉足らずではあるが、言ったことは的を得ていると気づく。しかし、こういう上司だとメンタルヘルスによくないな。そうか、誰かに似てると思ったけど、職場にいるあの若いエリートだ。あいつは年上の部下を冷ややかに扱う。
「そうです。じゃ今日はこれで」
医師の三回目の言葉に、反射的に腰が浮く。