第四章 沖縄の海(1)
【 武尅隊の足跡 】③
思ひ出〜東京陸軍少年飛行兵学校卒業アルバム
かくして彼は昭和17年10月12日、東京陸軍少年飛行兵学校15期生(東京陸軍航空学校10期生)として入校式を迎えます。
入校者は1,344名、彼は第15中隊第3班への配属でした。
昭和18年9月9日、操縦・通信・整備の三専科配属発表。彼は操縦専科に選抜され、晴れて操縦士への道が決まります。
そして一年の教育期間を終え9月24日に卒業。
卒業式には異例中の異例で東條カツ夫人が出席して祝辞を述べています。
同期の方のお話や手記では
「出席予定だった東條首相が急遽参内することになったため首相夫人が代理で祝辞を述べた。
どうして首相が卒業式に来る予定だったのか、そして夫人が祝辞を述べたのか、それは彼が首相の親戚でその卒業を祝うためだからだろう…。」
という話になっていたようです。
この点をちょっと詳しくお話しすると、東條はこの日朝9時20分に宿舎を出発して
宮中で開催された「秋季皇霊祭」に参列しています。
皇室の祖先を祭る儀式ですね。
この儀式には歴代首相が参列していますし、お彼岸の中日で毎年行われる日は決まっていますから、
「急遽参内することになった」
というわけではないと思います。儀式を終えて宿舎に戻ったのが10時40分。
それから登庁し、13時05分から政府大本営連絡会議に出席していますので、もともとこの日東條が卒業式に出席することは不可能でした。
東京での母親代りであったカツ夫人が自らの希望で彼の卒業を祝うために出席した、そして東條の後押しがあった、そう推測されます。
祝辞の内容は一年の生活を振り返る内容だったそうです...
