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トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

といっても、私はたまたまこうです、というだけの話なんですが、これを読まれた方も同じような感覚お持ちだったりしますかね。

 

私はお経については、おそらく真言宗系の調子が合っています。般若心経とか、宗派によって少しずつ唱え方が違うので、いくつか動画を比較したこともあるんです。

 

もう少し正確に言うと、最初は誰のものを見なくても、素人なんだし、自分で読めばいいだろうという感覚がありました。唱える数が増えてきて、自然になってきたというか、自分の中でしっくり来る唱え方が見つかってきたんですね。少し前にある人と交流する中で、観音経を練習しようと思って、それでYouTubeで探してたんですが、たまたまそのお坊さんが真言宗で、しかも2、3回練習したら、私もほぼ出来たんです。これには驚きました。というのも、私は歌とか、音でコピーできるタイプではないし、なんなら人より時間がかかるので。

 

驚いた私は、他でもこういうことはあるのかと思って、いろいろ動画を探したんです。他宗派のものも観たんですが、どうもしっくり来ない。それで、自分は真言宗のお経の唱え方が合ってるんだと思うようになったんです。

 

これを書きながらいろいろ思い出したんですが、子どもの頃、なんでうちは浄土宗で、真言宗じゃないんだろう?真言宗の方が良いのにと思ってたことがあって、今から考えたらそれも不思議なんですよね。たしかに、母の実家の近くに等々力不動があって、子どもの頃、お不動さんや稚児大師御影堂が好きだったりしたことはあったんですが、基本的に真言宗の知識なんてないんですよ。ここ数年、弘法大師に導かれるように、いろいろなところに行っていて、真言宗に縁があったんだろうなという感覚はあって、過去生にそういう経験をしていました、という話だったら、ことは単純なんですが、実は他にも続きがあります。

 

というのは、浄土宗にも実は縁がある、ということなんです。これもその人と話をしながら思い出したんですが、私は法然上人の直弟子であった過去生もあったようなのです。その清算はしたので、良いのですが、それをきっかけに結構、思い出す感覚もありました。たまたま増上寺を通りかかったときにお参りしたら、読経が始まって、その歌うような調べを聞いたとき、ああこんなにも繋いできてくれたんだな、という感慨がありました。

 

真言宗にせよ、浄土宗にせよ、仏教の方は実は思い出す感覚があるんですが、神社の祝詞についてはまだ全然思い出せないんですよね。ひょっとしたら、そもそも神官であった経験がないのかもしれません。一応、祓詞と、ここ最近は身滌大祓を唱えるんですが、これっていう節がまだ自分の中で見つからないんですよね。神主さんたちの祝詞はすごく好きですけどね。