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トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

この1週間は振り返ったら緊張感が高かった。身近な人の死に触れた教え子が二人いて、卒業生に手紙を書き、そしてもう一人には直接会って話しました。結局、どこまで行っても、最終的には1人1人がその悲しみに向き合うしかないわけですが、その傍らに居ることは出来るはずと信じて、私なりにそのあり方を探した1週間でした。このタイミングじゃないと、私もちゃんと向き合う時間は取れなかったので、神の采配を感じざるを得ないのですが、それはそれとして、かなりダウンしてました。朝のヨガが出来ない日や、泳ぎに行くことも出来ない、そんな状態でした。


そんな中、大神神社に行こうと思い立ちました。大阪から桜井に向かうには橿原神宮の方から行くか、上本町に行くかなのですが、私は二上山や葛城山の横を通るルートが好きです。その山上の空がこの日は神懸っていました。


桜井に着くと、いつもは順番に三輪坐恵比須神社、おんぱらさんから若宮、祓戸神社と丁寧にお詣りするのですが、この日はなぜか直接拝殿前に呼ばれた感じがしたので、祓戸神社の前で頭を下げただけで、拝殿に向かいました。


そのまま何事もなく、狭井神社からご登拝しました。いつもの倍とはいいませんが、少なくとも1.5倍の時間をかけて、ゆっくり登り、まさに五感をフルに使いました。帰りはいつものペースです。結果的に、メチャクチャ元気になりました。そして、帰りに祓戸神社に寄って帰ろうとしたんですが、スルー出来ずに三輪坐恵比須神社にもお詣りして桜井駅に戻りました。
















次に、橿原神宮前駅の近くにある久米寺に行きました。以前から気になっていたお寺ですが、ようやくこの日行きました。推古天皇勅願で、後に弘法大師が来たりして、現在は真言宗の大事なお寺になっていました。


何というか、明日香はそのうち、ゆっくり回らないとなあ、という感じです。それが私にとっての奈良の最後のピースですね。


















先週、長田を歩きました。長田神社は神功皇后の創始なので歴史的で、瀬戸内海に多い、港的なものと、山の遥拝を同時に行う場所だったと思います(その写真はないです笑)。山は神撫山、今は高取山と呼びますが、残念ながらマンションのせいで、神社からは直接遥拝できません。

 

御祭神の事代主もそうですが、出雲の影響の強い神社でした。ここは事代主様の名前がメチャクチャ長いんですよね。「あめにことしろ そらにことしろ たまくしいりひこ いつのことしろぬしのかみ」です。神社の説明によると「およそ天地の間、天上界地上界、又宇宙間すべての物事を照覧し給い、あらゆる物事を知り、守り、教え、諭し、導き給う神」ということなんですが、ここまで事代主様に役割を与えられているのは珍しい気もします。

 

あとは楠宮稲荷もなかなかパワーがありました。境内では遥拝所という場所が暗いというか,そんな感じだったので、身滌大祓を唱えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

遥拝所。方角的には伊勢とかの方のやつです。これは身滌大祓を終えた後です。

 

 

 

 

 

 

 

長田神社を後にしていたら高取山に向かいます。高取大明神の入り口から普通は右の参道を歩くと思うのですが、私は滝のある左に行きました。正直にいうと、そんなに滝に惹かれたわけではなく、なんとなく、というのと、参道は帰り歩くからという理由付けをしましたが、結果的には大正解でした。滝は自然の滝ではなく、行場で、人工的に作られたものでした。

 

その上で掃除をしているおじいさんとの出会いがありました。いつもは朝6時から11時くらいまで掃除をしているが、今日は自治会の仕事があって午後になってしまったとのこと。毎朝2人の85のおばあさんが登られてるそうで、彼女たちが続ける限りは、続けようと思っているそうです。そして、少し上まで一緒に来てくれて、自分だけの特別な眺望できる場所を教えていただきました。頂上からの景色も素晴らしいんですが、途中なので町がよく見えるんですね。そして、ここは後ろが岩になっていて、もともと磐座にしてたんじゃないかなと思いました。私は磐座、中継機説なので、ここも大事だなと感じました。この道は人があまり通ってない感じなので、正直登り始めは藪漕ぎもあるなと覚悟したのに、なぜか歩きやすいなと思ってはいたんです。実際頂上まで結構人に会いましたが、みなさん参道を通っていて、私がこちらですれ違ったのは1人でした。なんなら掃除だけじゃなくて、崩落したところを歩きやすく直しているとおっしゃってましたからね。こういう人知れず神様の御使いをされてる方がいらっしゃるんですね。感動しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えていただいた場所から。写真だと分かりづらい😆

 

 

 

高取神社は天空の神社という感じがします。景色も最高です。特に奥宮に登っていく階段は、天に上がっていくようです。拝殿の横にいくつかの祠のような摂社がありますが、ここがもともとはおそらく磐座ですね。御祭神は武甕槌、奥宮の少し上に元宮のような春日神社がありますが、ということは、中臣系なので、これは後代だと思います。配祀神の豊受大神は、後に行基が祀ったそうなので、明確にあとの時代ですね。本殿は取り忘れた。。。

 

奥宮では、お母さんが嫌がる小さい男の子の写真を一生懸命撮ろうとしていて、一緒に撮りますか?と聞いて、撮ろうとしますが、男の子がこっちを向いてくれません(笑)。少し間をおいてから、名前を聞いて、呼んでみると、嫌々ながら、ちょっとだけこっちを向いてくれたので、そこでパシャ。これ以上はお母さんも気を遣われるだろうなと思いました。ここの山頂の碑は木に囲われて、眺望は良くないのですが、そこで交互に写真を撮っているカップルに声を掛けて一枚、さらにこっちの方が景色が良いから、こっちで撮りましょうともう一枚。奥宮のところまで下りてきたところで、私はさっきの掃除をしているおじさんからもらった紙(2024年に亡くなった登山家の人たちと作ったA4、2枚のガイド)を読んでいると、うしろから二人がお礼を言ってくれました。そして、そここそはさっきよりも景色が良いベストスポット。「ここでも撮りましょう」と言って、おせっかいにももう1枚。

 

江戸時代からおそらく昭和の頃までは、参道も賑わっていたんでしょう。たくさんの祠がありました。これもこの山の特徴の一つだと思います。いろんな信仰を持った人たちが、ここにもそれを持ち込んでいるという感じですね。石切さんもあるのは珍しい。ただ、参道の祠は全体的に寂れています。茶店も3軒も残っていますが、ずっと続けられるかどうかは後継者問題とかもあって、微妙じゃないかなと思いました。摂社や参道で、少し本来の力を失っているなと感じたのは玉依姫でした。祈りは捧げましたが、意識をどこに合わせればよいか、あまり分からなかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正面に見えているのが奥宮。

 

 

 

ここも何か暗かったので、身滌大祓を唱えました。この写真も唱えた後ですね。

 

山頂の広場に猿田彦と出雲大神天穂日命と書いてあります。逆に言うと、ここ以外はあまり出雲系の神様を見なかった気がします。歴史上、ずっと権力的にここが重要であったので、後の権力による塗り替えもあったということでしょう。

 

 

 

 

 

ここは、さっき書いた玉依姫を祀っている社。

 

 

 

 

 

Googleでもあるんですが、妙見宮は鳥居だけでなかったですね。

 

妙見宮の鳥居を登った先に合ったのは、この三劔御神とお稲荷さん。長田なので、阪神淡路大震災の際に崩れたのかもしれませんね。

 

豊春神社。現在は施設の老朽化に伴って危険があり、高取神社に戻っていただくように考えられているようです。

 

高取山を後にして、神戸水天宮にやってきました。ここはすごかったですね。本殿は天御中主神で、摂社に事代主(長田社)と大物主(白長社)、それから歴代宮司の祖霊を祀った社が三社あります。白長社は、もとは長田小学校のところがため池でそのほとりに大神神社から勧請した祠があったそうで、それを埋め立てるときにこちらにお遷りしていただいたそうです。

 

白長社の後ろの木の上のところにものすごい御神気が現れました。驚きつつ、眺めていました。それをきっかけに宮司さんとお話ししました。長田地区に事代主が最初に降臨されたのがここだったらしく、それを大正時代にここに水天宮を勧請したようです。この話自体はWikipediaにも書いてあるんですが、なぜわざわざ水天宮を勧請したんだろう。先ほど調べて分かったように、長田神社の事代主様は、実在した出雲王国8代少名彦八重波津身ではなく、もっと前の時代の神様という気がします。ここの祝詞は地元の地域の次に、もっと広い範囲の人たちについても呼び掛けるようです。ちなみに、そのことを説明してくれるときに宮司さんがそのセリフを普通に口にされただけで、その威力がすごかったです。それから、私がしていたブレスレットと腕輪も浄化していただきました(ありがとうございます)。

 

 

 

 

長田社。

 

左が白長社。

 

動画だと表現しきれないですが、御神気のいったんでもお伝えできれば。

 

巫女体験で中学生たちが作ってくれたそうです。素敵、過ぎません?

 

教え子のおばあちゃんが先月亡くなったそうなので、お花を持っていきました。お店をやってらして、私も何度かお会いしたことがあったので、これは行った方が良いなと思います。ちなみに、これ、金曜日の話なんですが、今も昨日、今日と教え子にまだ手紙を書き続けています(笑)。

 

そのついでにその近くの磐座を回ってきました。

 

地元の日下神社。日下皇子を祀る。

 

 

 

建物の後ろにお不動さんがいらっしゃいます。

 

この日はよく出会ったお稲荷さん。

 

山頂の磐座。祠の中には役行者像があるそうです(私は確認しませんでした)。目の前で身滌大祓を唱えたら、もうそれで終わったという感覚だったので。

 

ここからさらに山奥に饒速日山の磐座があるそうです。

 

 

 

 

 

大龍禅寺は江戸時代に建てられたお寺ですが、このあたりの修験の中心でもあったのではないかと思います。

 

 

 

本堂の横の行者堂の役行者。

 

 

 

江戸時代に勧請されたという春日神社。でも、ここはもともと磐座だったところに建てられたのではという印象でした。

 

 

 

本殿とこのお稲荷さんの前で身滌大祓を奏上。

 

 

大阪稲荷山神社は、明治時代に創建、でもその後荒廃していたそうです。ここを動物霊園にした方がもう一度お祀りされ、近くの磐座も整備されたようです。頭が下がります。

 

 

 

 

車の音が聞こえると思うのですが、山からのバイパスがつづら折りになっているところで、よく磐座が残ったな、という感じなんです。本当にありがたいです。

 

 

 

 

 

 

 

この日は3か所の磐座(少なくとも2か所は本当に磐座)で、それぞれ身滌大祓を奏上したら、どこでもすごく明るくなっていったので、正直、自分でも驚きました(というか、若干引きました)。

 

帰りに寄った栗原神社。

 

ボランティアで掃除しているおじいさんと立ち話。本当に苦労されてきて、すごく俗っぽさも残っているんですが、そこがまた素敵でした。神様が感謝されているという感じがしました。

 

八釼神社。昔、熱田神宮から草薙の剣を盗んだ新羅の人がここで耐え切れずに剣を落としたことが由来になっているそうです。面白いですね。

 

 

 

若江鏡神社はなかなかすごい神社なんですが、いつも夕方の参拝に。今度はもう少し早い時間にお詣りしたいです(と、前回も思っていました)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ってから、Youtubeでお稲荷さんの動画を見ました。宇宙由来というのは納得が行きます。そのうち、伏見稲荷にも行ってみよう。