奈良を歩く 20260902 南都仏画展から内山永久寺跡へ | トトブログ 巡礼記

トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

結果報告です。



手力雄神社→興福寺(三重塔、南円堂、一言観世音菩薩堂)→奈良博(南都仏画展、仏像館)→東大寺(指図堂、二月堂、遠敷神社、観音堂、不動堂、飯道神社)→手向山八幡宮→春日大社(水谷神社、一言主神社、総宮神社、手力雄神社、榎本神社、本殿遥拝、本宮神社遥拝所、若宮神社、三十八所神社、佐良気神社、金龍神社、春日明神遥拝所、宗像神社、紀伊神社)→不空院(外から)→比賣神社→南都鏡神社→八阪神社→白山比咩神社→崇道天皇陵→厳島神社・薬師堂→恵比須神社→石上神宮(本殿、出雲建雄神社、猿田彦神社、七座社、天神社、旧内山永久寺鎮守社拝殿)→内山永久寺跡


書き出してから、私もビビりました。そりゃあ疲れるわけだ。本当はラスト大和神社に行こうかと思ったのですが、今回は諦めてまた改めて行くことにしました。メインはあくまで内山永久寺跡です。南都仏画展で内山永久寺に縁のある仏様や僧の方に私を利用してもらって、里帰りのお手伝いをしようと思ったのです。


談山神社へは2日連続で行きました。私が13の月の暦と出会ったきっかけでもあります。




本当は13時くらいから雨雲レーダーの予報だったのですが、私が歩くところは最後まで雨に降られませんでした。なんなら、春日大社を出てから3キロくらいは直前まで雨が降っていたと思います。山の辺の道では、草で濡れました。さすがに南都仏画展に金剛杖を持って行く勇気はなかったけど、序盤は結構切実に欲しかったな。圓照寺の前に出たところからは山の辺の道をあきらめて、普通の道路を歩きました。


今回の南都仏画展、改めて回ってみると、春日大社や内山永久寺は大々的に章になってるので注目されているのですが、実は談山神社、つまりは妙楽寺の信仰にもスポットライトが当たっています。トータルで仏教信仰、特に神仏習合の復権という意味もあるなと思いました。


ちなみに、南都仏画展は前半と後半、大半が入れ替えられてるので、ほぼ別のものというくらいの充実度でした。9月13日までです。私はやっぱり元内山永久寺の愛染明王様が一番好きでした。行って良かったです。


前回の南都仏画展です。割と詳細にこの企画について書いてあります。


内山永久寺は桜と池、それから墓地が少しだけ残されています。でも、私有地になっているので、目の前までは行けませんでした。少し離れたところから、観音経、般若心経、光明真言を唱えました。我ながら修行が足りないので、下手なのですが、仏様にというより、先達への供養です。修行というと、大袈裟ですが、要はたくさん唱えてれば、当然ながら滑らかになるんですが、その数が足りない、ということです。


内山永久寺の鎮守社の割拝殿は、実は国宝で石上神宮の出雲建雄神社と猿田彦神社の前にあります。ちなみに、内山永久寺の僧侶たちは廃寺の後、石上神宮の神職になっています。


私は今回、二つの可能性に気がつきました。


一つは、内山永久寺は鎮守社を中心に伽藍が配置されていた、という可能性です。この鎮守社は住吉神社で、明治43年に猿田彦神社に合祀されたようです。


石上神宮の本殿の回廊にポツンと置かれた内山永久寺の境内図です。中心に鎮守社があります。



もう一つは、内山永久寺は同じ真言宗の龍福寺と連携して、何かを守っていたのではないかということです。


この二つは考えたというより、現地を歩いていたときに、ふとやって来たインスピレーションです。


この話はここと繋がります。


もう少し想像を膨らませるならば、石上神宮と内山永久寺の後ろにある山は布留山くらいしかなく、さらにその奥にあるのが大国見山です。大国見山の入口には、石上神宮の近くを流れる布留川の上流にあたる桃尾の滝があり、その滝に至る手前に石上神宮の元社とも言われる石上神社があります。桃尾の滝の滝開きは今も石上神宮の神職がやることになっています。


大国見山から少し奥に行ったところに石上神宮の奥宮とも呼ばれる八つ岩があるのですが、これはある時期に夢告で祀ったみたいなので、一番古い信仰ではなさそうな気がします。歴史的には石上神宮が一番古くて、その次に龍福寺、だいぶ経ってから平安末期に内山永久寺が建立されたようですね。


今、実は昨日も一瞬気になった、大国見山の高さを調べました。498mなんです。260を引くと、238になり、私のkinとまったく一緒になります。いやあ、かなり驚きました。


ここからは写真で備忘です。


手力雄神社


興福寺三重塔


南円堂


一言観音菩薩堂


南都仏画展


仏像館、伊豆山神社のご神像がいつも気になります。数が多くなるので、今日は彼だけです!




南都仏画展は、結構見所が多くて、さすがに空海展よりは、平日ということもあって空いていましたが、それでも2時間近くいました。仏像もそうですが、とにかくたくさんの曼陀羅がすごかったなあ。ちなみに、さっきも書きましたが、南都仏画展は9月13日までです。それにあわせて仏像館も2年近いお休みになるので、こちらもこの機会行かれたら良いですよ。金峯山寺の仁王さまも見納めです。


奈良博を出て東大寺に向かいました。


東大寺の仁王さん、やはり迫力すごい!




大仏殿はスルーして、この前とても良かった指図堂でお詣り。


二月堂。二月堂の懸観音、ちゃんと懸けられていて、このタイプの観音様は珍しいですね。お堂の雰囲気も良かったです。


鬼子母神


二月堂の左奥、遠敷神社。


観音堂。この後ろに西国三十三所を安置してましたが、さすがに今日はパス。


不動堂の斜め前の十一面観世音像。なんか強力でした。


不動堂


飯道神社。不動堂から二月堂の方に戻ります。


手向山八幡宮


若草山。いつか登ってみたいですね。


ここから春日大社に入ります。


水谷神社


水谷神社のすぐ横から山側をのぞむ


一言主神社


手力雄神社


榎木神社


本宮神社遥拝所。


金龍神社


宗像神社


紀伊神社。外国人の2人の男性がいて、元々感じが良かったのですが、私が前で身滌大祓を唱えたら、それを尊重して下さいました。うれしかったな。まあ、逆に緊張して間違えましたが笑。


山の辺の道に出ます。


比賣神社。お近くのご夫婦が御神託により御霊を鎮めるために作られたようです。すごいパワーでした。新聞記事が掲げられています。


南都鏡神社。


山の辺の道を歩きます。途中、最近の雨のせいかめちゃくちゃ竹が倒れていてかなり通りにくいところがありました。


八阪神社


八阪神社拝殿


五つお社が並んでいました。ここも不思議な神社でしたね。たぶん、古代にはかなり重要だった時期もあったのではないかと感じました。


白山比咩神社


白山比咩神社本殿


崇道天皇陵。


今回一番驚いたのはここです。まさか奈良のこんなところに陵があるとは存じ上げませんでした。崇道天皇との関係の記事は改めて上げておきますね。


崇道神社に出会ったときのこと。


乙訓寺に行った時のこと。


そういえば、乙訓寺の毘沙門天様は東京の空海展で再開しました。


ひたすら道路を歩いて、いよいよ石上神宮の領域へ。


摂社の厳島神社


実は厳島神社の横に薬師堂がありました。四天王像もあったそうなんですが、明治期にこのお堂を建てるときに資金不足で売ってしまったそうです。


石上神宮の摂社、恵比須神社




元内山永久寺鎮守社拝殿




後ろから元拝殿。今は猿田彦神社に鎮守社が合祀されたので、その拝殿という位置付けです。


右奥の小さいお社が猿田彦神社。左は出雲建雄神社。


石上神宮




内山永久寺跡。


この池と桜だけが往時を偲ばせます。


南朝の後醍醐天皇が隠れていた時期があるんですね。




歴代住職供養塔。


実は、内山永久寺がなくなってしまったことには、残念な面もありますが、美術品になったことで、しかるべきケアを受けて、多くの人の目に触れる機会が増えたという面もあります。中国が迫害したからこそ、ダライラマは世界中を歩き、結果的にチベット仏教もまた広まったということもあります。ただ、そうは言っても、そういう霊的な使命があったとしても、ほんの少し寂しさは残るよなという思いを共有しながら、天理まで歩いて行きました。