神呪寺、門戸厄神、清荒神、売布神社を歩く 20260518 | トトブログ 巡礼記

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時空を超えた自分との出会い

5月18日は神呪寺の年に一度の特別拝観日です。とはいえ、さすがに前日、大峰山を歩いてボロボロなので、無理だろうと思いました。当日、朝、もし目が覚めたら、そのときは行くという願を掛けて、それこそ倒れるように眠ったんですが、果たして5時少し前に目が覚めました。嘘でしょ?ってなりました。とはいえ、神仏との約束を違えるわけには行かないので、起きました。

 

神呪寺は淳和天皇勅願で、弘法大師を導師として、創立されました。天皇の妃であった真名井御前は、ひそかに修行して空海の導きで尼僧になります。ご本尊の如意輪観音は空海が彼女を模して作ったと言われます。このお寺は甲山大師の別名もあるように、弘法大師像も祀っています。空海と真名井御前は男女のパートナーであったという説があり、私は三次元的な意味で二人がパートナーであったかどうかは分かりませんが、スピリチュアルにはたしかにそうだったろうと思っています。ただ、山頂には西宮の連合婦人会が建てた平和塔があり(今回、私は登りませんでしたが)、これは母から力を結集したまさに女性的エネルギーそのものです。如意輪観音はこの思いと呼応していると思います。平和塔についてはこの記事がよく調査されています。

 

前日歩いた大峰山は、言わずもがな女人禁制ですから、女性エネルギーの強いこの場所で、男女の調和したエネルギーを生み出すには大峰山を歩いた私が必要だったんでしょう。お大師様と、如意輪観音様を拝観して、その後、多宝塔で光明真言を唱えました。

 

甲陽園から痛む足で上がって来るときつい!

 

 

 

増長天。みずらの増長天は珍しいですよね。

 

広目天

 

 

 

 

 

ここまで登って来た甲斐があるというもの。

 

如意輪観音が安置されている本堂。

 

甲山大師は江戸時代に、当時の広大な境内地の中に甲山八十八ヶ所巡りというのを作りました。ここはその一つです。

 

門戸厄神に向かう道をショートカットしようと、甲山森林公園を歩いていたら、突如現れました。神呪寺に向かう丁石。案内板には阿閦如来を示す梵字が刻まれていると書かれていました。それまで足の筋肉痛を気にしながら前を向いて歩いてたのに急に横を向いたら、この石があったのです。まるで呼ばれて返事したようでした。

 

四丁丁石。

 

 

 

甲山森林公園のなかに、仏性ヶ原というところがあり、ここはどうやら江戸時代、大阪城の石切場になっていたらしく、その昔は役行者が修験の修行地に定めたようです。気になったので、その場で調べました。明らかにそこら辺を歩いてほしいというメッセージは感じていましたが、この日は約束もあり、また足も痛いので、断念しました。そう遠くないうちに、また行こうと思います。

 

続いて門戸厄神です。例の如く、Googleマップを見ていたら、清荒神とここに今回は行かなきゃとなりました。今さらながらすごいところでした。

 

正門

 

薬師堂の前に能登半島の復興支援が置かれていたので、鐘を鳴らしました。厄神明王が有名ですが、ご本尊はこちらの薬師如来なんですね。

 

奥の院には、弘法大師が不動明王と愛染明王を合わせて作った厄神明王が祀られているとのことでした。意外と正面の厄神堂で満足される方が多いのか、こちらは人は少ないです。私はここで般若心経と光明真言を唱えました。テーマは鎮護国家の祈りの再構築のようです。そして、それこそがこの日の大きなお役目の一つだったようです。

 

奥の院。

 

境内の写真をほとんど撮ってなかったのですが、もちろん大黒堂・愛染堂や、弘法大師堂などもお詣りしています。そして最後に帰ろうしたときに、厄神龍王の案内板が目に入って来ました。

 

一応、全景ですが、良さが全部消えてる笑。目の前の龍王公園の台から見ています。

 

 

 

 

 

 

 

こればかりは現地で歩いて、本物の迫力を感じるしかありません。Googleマップの写真を載せている人たちも、なんとかこの迫力を伝えたい!という思いは伝わって来て、そこは共感しかないんですが、無理なものは無理です笑。

 

清荒神は、間近まで車で行けるし、お寺も近年駐車場代を取るようになって財政源になっているので、それも重要なんですが、私は参道を歩いていくことを断然お勧めします。

 

 

末廣寿司さんのおかげ巻きセット。普通の太巻きですが、美味しかった。昔ながらの丁寧なお寿司屋さんの仕事という感じですね。

 

 

参道は意外と食べ物屋さんが多いのですが、実はここ入り口で民芸品みたいなものも売っていて、そこでお店の人が中学生のインタビューを受けていました。私が入った決め手はそれです。お会計を済ませて、お店の人に清荒神まで後どれくらいか聞くと、「ここでちょうど半分くらい、男の人なら10分くらいで行きますよ。寄り道をしなければですが」としっかりフラグを立てられました。

 

そして、次に出会ったのはごまどうふ屋さんでした。結論から言うと、ここの胡麻豆腐はマジで美味い。今までの胡麻豆腐ってなんだったんだというくらい繊細な味でした。しかも店の半分を無料休憩所にしていて、お茶を無料で振る舞っていました。中学生の男の子二人組と女の子二人組がそれぞれお弁当を食べてました。

 

 

胡麻豆腐屋さんに置かれた河童の置き物。これを作った方は、いわゆる降りて来るタイプで、5日に作り上げるようです。

 

いろんな参道も歩くけど、神様、仏様に愛されてるなというお店は少なく、食べ物を出してるところで言うと、ここのお店か、當麻寺の民芸の店和(読み方はかずで、おばあちゃんなお名前です)の二つかなと思います。民芸だけなら、吉野の天の川屋も大好きです。

 

先程のお寿司屋さんがメニュー表と一緒に地元の神具屋さんから提供された古写真で清荒神のガイドがありました。そこで私が気になったのは、この禊橋を渡ることで、身滌を受けたことになり、ここから先が神域になるということでした。たしかに、ここで空気が変わります。この前ものどかでいいんですが、ここから少し厳しい清廉な感じになるのです。参道を歩くのは単にお土産を見る以上の効果があるんですね。

 

 

清荒神は、素晴らしいお寺でした。拝観順も決まっていて、お参りしやすいですし、月曜なので休館でしたが、史料館や鉄斎美術館もあります。たまたま本堂で修法中でしたが、とてもとても美しかったです。ホームページなどのお堂でどの修法がなされているか丁寧に書かれています。私が訪れたお寺の中でも、清涼さではナンバーワンかもしれません。

 

ほぼ完璧に近いこんなお寺で私がやることもないなと思ったんですが、拝殿の左横にスペースがあり、お堂の前よりもここだなという感じだったので、般若心経と光明真言を唱えました。御堂では私は不要でしたね。役行者像もパワフルだったんですが、ここで役行者の御真言を唱えました。役行者の御真言は金峯山寺勤行儀に書いてありました。

 

山門

 

拝殿、三宝荒神はここに祀られています

 

護法堂

 

荒神影向の榊

 

役行者像

 

本堂。大日如来、弘法大師像、不動明王像が祀られています。修法が美しくてしばらく動けませんでした。

 

龍王滝

 

清荒神を出て、ほぼスマホの電源が10%を切って、あらーと思いながら、売布神社に向かいました。着いたときは1%だったので奇跡の3枚です笑。

 

売布神社は、大国主の姫神である下照姫が御祭神になります。ここは豊玉社の横にある龍神が有名らしいですね。でも、そこまでは電源が持たなかった苦笑。

 

本殿の前で、身滌大祓をしたら、フワーッと御神気が立ち上がって来ました。大国主と下照姫の再会って感じでした。昔、女神カードで下照姫のカードが好きな1枚でした笑。お互いに懐かしさを感じているようでした。

 

そう言えば、何年か前に私の師匠から三光神社に行くように言われて何度か行っていたんですが、私は遥拝所の今は切られた木のところの階段が好きで、そこにいたとき、師匠がなぜかわからないけど、古代の人が姫が帰って来たのを喜んでる、ということでした。その頃、私の中に姫神がいると言われ、ただ名前は教えてもらえず、姫とだけ呼ぶように言われていました。三光神社はもとは姫山神社と呼ばれていました。御祭神も変えられていると思います。東成の比賣許曽神社の姫とも繋がっています。比賣許曽神社のもう一つの論社は高津宮にあります。これらの御祭神が下照姫であったと私は思っています。この三社は何度も行っています。なんでこの話をここに書いてるか私も分かりませんが、急に思い出しました。

 

正面ではないのは知っていましたが、正面がどっちか分からなかったので。

 

本殿

 

市杵島社。