これまでの地球には妙なグリッドが張り巡らされていたとかで、嫌でも地球にしか転生できなかったそうです。種々の報告で同じことが伝えられていますので、きっとそうだったのでしょう。理由はともかく、人間は人間にしか転生できなかったのでした。
それで、もう苦しくて苦しくて人間に生まれ変わりたくない人たちが解脱を目指してオウム真理教なんかに入信したりして、解脱をこころみていたんだそうな。逃げているような性根の者が解脱なんかできるのかいなと疑問に思っていたのですが、よしんば解脱したところで行き先はやっぱり地球で、地球に閉じ込められていたような按配だったようです。
わたしなんぞ、地球はいいなあ、人間はおもしろいなあ、とカミしめている質ですから、なんで? もったいない、と思うのですが、輪廻から抜ける、解き放たれて自由になるのを夢見ていたのでしょう。輪廻転生をありがたいことどころか、のがれられない罠のように捉えていた人もいたようです。
本当は解脱なんてのは、魂を認める、霊性を開く、洞察力を花開き、知性を発揮するという、呼吸をする程度の(というか、しないでは生きていけない)自然なことなのですが、それが『悟り』とかいう言葉で集約されると、急に仰々しく、こと難しい、千年に一度、1億人に1人くらいしか達成できない至難の技くらいに誤解されてきたのです。まあ、たしかに『自分が何者か忘れる』という転生システムとあいまって、地球を牢獄にしたい者たちの惑星グリッドとか情報操作によってほとんどの人間が眠りこけていたので、人類全体の意識も低く、なかなか目覚めることができなかったのは事実です。
仏教の伝統的な転生観に『本人の希望にかかわらず、霊格のレベルによって行き先が決まっている』というのがあり、わたしはほとんどこれではないかと思っているのですが、その先はほとんどが地球に限定されていました。(ブッダは、転生先は人間に限らず動物や樹木なども含まれているとしていたようで、なかなか正直でよろしい)
ともかく、転生しないということはなく、死んだら必ず転生します。
なぜなら、この宇宙の揺るがせない法則・真理は『変化』だからです。変わるのであって、無くなってしまうということはないのです。ありえません。無さえも存在(意識、波動)によって創り出されているからです。それまでの、肉体を伴なった意識ではなくなるかもしれませんが、消失することはありません。継続性のある、変化をするのです。また、肉体を持った姿は影であり、実体と影の両方でひとつであるのが、相対性の宇宙の本質でありますので、なんらかの変化をせざるをえない。それが真理なのです。転生とは変化のプロセスにすぎません。
このへんのことは今こここで深くは述べませんけれど、これまでの転生は、あの世的な視点で言えば、その霊格で在るのは本人の意思と選択であるので、人間的願望で、こうなりたいああなりたい、など望んだところで聞き入れられませんでした。霊格がこうなら、こう、とそこに人間的価値観でいえば強制的に転生させられてきたのでした。低ければ低いだけ問答無用で、です。
しかしこれまでも、ある程度の霊格に到達した人の選択肢は広かったのです。東大に入り得た人がコジキから官僚まで選べるように、幅広い範囲から選び得たのです。
ところが、というか、今後は、次元上昇している地球と人類は、これまでと比較して、自由度があがるのです。転生先が地球人類とは限らなくなりました。
人間以外の知的生命体にも転生可能となってきたのです。もう人間になんて生まれたくない、という貴兄にも朗報ですね。
日本を中心にすえて述べますけれど、だいたい一年に亡くなる人は八十年くらい前に生まれた人の数に相応しますので、現在は140万人くらいでしょうか。それで、ここ最近生まれてくる人が100万人程度です。去年は80万人くらいにまで減りました。普通に考えて、すぐに転生したとしても、5、60万人はあぶれるのです。
ああもういい、もう二度と生まれてきたくないとほざくのは「おまえ、わかって言ってんのか?」と突っ込みたくなるほどですね。
人間は死ぬと、だいたいほとんどの人が現世の時間感覚で百年以内くらいに転生するのですが、直後・十年後・二十年後・三十年後と比較的早くに戻ってくる人も多くあるようです。しかもほぼ全ての人が、再び、性懲りも無く肉体を持って人間として物理世界に生まれます。これまでは各々の役割を経験するため、家族や村の中で親になったり子になったり姉になったり弟になったりと入れ替えて転生することも多かったようです。もちろん中には前の前がロシアで、前がアメリカで、いまが黒人という人もあるでしょう。
統計を取ると、日本人の幸せ度は低いことになっていますが、公平に観察すれば、地球上の国で最も住み心地の好い、幸せな国なのです。けれども、島国で自分を知らず、また向上心が旺盛な大和民族は、今に満足しないのでしょう。
けれどもひとたび死んでみると、日本がいかに素晴らしい国か分かるにちがいありません。生きていても、世界中を旅すれば即座にそのことが実感できること請け合いです。
日本にさえ生まれてきたくない人がましてや他の国に生まれて満足するとは到底思えません。(あえて異質な経験やより違った苦しみを味わいたいなら別ですが)おそらく今現在日本で生活している人の大部分はまた人間に転生するなら日本を選ぶことでしょう。
すでに叫ばれているように、日本は少子化が進み、一年の出生者が70万人、60万人と減って行くやもしれません。「減る」あるいは「減ってしまう」というのはどこかを基準として比較して判断した人間的価値観でありまして、ただ単に適切な人口に近づいているだけなのかもしれません。ともかく、そうすると亡くなる人の数より生まれてくる人の数は少ないのですから、日本に転生できる確率はさがるわけですね。
これから数十年後に亡くなる人は昭和生まれの団塊の世代やいちご世代も含まれます。彼らは200万人越え、230万人以上の人がある時期にはいっぺんに亡くなるわけです。その時の出生者数は、60万人かもしれませんしもっと少なく50万人かもしれません。
そうなると、狭き門というか椅子取りゲームというか、生まれたくても生まれられなくなるのです。わかりますね?
なあに、地球規模でみれば人間の数は秒ごとに増殖している。人口爆発だから問題ない、と言うかもしれませんね。いま、78億人ですか、あれがイツワリだとしたらどうですか。カウンターの数字がくるくる回転し世界人口が増えていっているビジュアル、あれが、人類削減計画を目論む者たちの仕掛けだとしたら。
実はその半分程度しかいない。というのがわたしの見立ててです。
中国が15億、インドが15億、おのおの10、11億人差し引いた数字がだいたい実数です。南北合わせて1945年終戦時2000万人だった朝鮮人が、いまや南北合わせて7700万人なのだそうです。内戦があり、500万人を粛清し、ついこの間までスラム街のあった南朝鮮が、餓死者の出ていた寒くて作物の育たない北朝鮮が、戦後物余りだの飽食だの言われた日本が1・5倍の増加なのに、どうやって4倍に増えられるのでしょうか。
すべての国が、律儀な日本とか、ひいふうみい、と村人を数えられる国を除く全部が水増ししているとすれば、そして国連になんらかの恣意が入り込んでいるとすれば、現時点での地球の人口は35億人がいいところでしょう。そしてたいていが少子化に向かっているのだとしたら。だから大丈夫です、食料や資源を奪い合う必要はありません。
こんな根拠のない話は与太話としてわきに置いてもらって構わないのですが、いちど日本を経験して、それで他の国にわざわざ希望を出す意義が解りませんね。それ以上の経験をするとしても日本以外の先進国か、政治の届かない山奥に隠遁するとかでないなら、魂のバランスを取ったりますます進化したりすることができるのでしょうが、たいていの人が日本での継続を希望するでしょう。
明治日本は西欧列強に追いつくべく、富国強兵政策を採り、産めよ増やせよで意図的に人口増加をやったのです。江戸時代の人口は、明治初頭に調査された人口から3000万人ほどでなかったか。平和な世の中で肥料や農耕器具の発達、新たな田畑の開墾などで食料増産ができらので、それより前の室町・安土桃山時代には2000万人程度だったと推測されます。
それが第二次世界大戦終結時には約8000万人にまで増えていたのです。戦後、合計特殊出生率は下がっていきました。兵隊を生む必要がなくなったからです。それでも約1・5倍の1億2500万人にまで増えました。一人の女性が、夫婦二人で七人も八人も産んでいた時代の余波と言えましょう。
明治日本が目指した西欧列強の人口は当時と比べてたいして増えていません。少なくとも、日本ほどの増加率はなかったのです。
これから、日本人は増えて行く必要がありません。なんのために増えるのでしょう? 政治的に言われているのは、これまでの社会構造を支えるためには同じ数の人手がいるということであって、ひとりひとりの人生を、物質や金銭面でなく、魂レベルの人生を考えてのことではありませんね。
われわれは過去の社会構造を支えるために生きているのではありません。(そうしたければそうすればいいのですが)人生の目的を上げる人たちが増えてくれば、自ずとこれまでの社会構造は変化というか崩れます。当たり前のことですね。
ひとりひとりが魂を充足し、霊的に進化しあえる社会は、一世代40万人~50万人ほどかもしれません。寿命が伸びればもっと少なくても構わないでしょう。そうすると五十年後には日本の人口は6000万人、百年後には4000万人ほどになりますね。寿命が百年としてです。
今日亡くなった方が五十年後に転生しようとした時、競争率は(競争はしていないでしょうが)4倍、実に120万人があぶれることになるのです。
これまでの地球なら、それでも人間にしかなれなかったので、地球のどこかの国や民族、人種には転生できた。ところが、いまや、地球の次元上昇に伴い、妙なグリッドも外され、自由貿易が盛んになり、他の星から霊格の高い存在が転生するようになってきたのです。また、日本には他の国で人生を終えた人たちが転生を希望します。そうなると、どういう基準というか、どういう具合で転生が決まるかと言えば、すでに居る人たちの意識レベルにふさわしい人ということになります。すなわち霊格の高い順です。
ああ、もう人間に生まれたくない! などと嘆いているレベルの人が一体全体地球に生まれられるのでしょうか。嘘をついたり物を奪ったり放火したり人を殺したり、
無益な殺生をしたり、愚痴を垂れたり嫉妬したり難癖をつけたり、自慢したり威張ったり見栄を張ったり、嫌々ながら義務で生きている・・・
そうした無知・無明の徒が地球に、日本に生まれてくることができるのでしょうか?
では、どこに行くのか。
ヘル朝鮮に転生して横からヤーヤー妬みの波動を出して無益な一生を送る? そういうのもあるでしょうし、まだ若いこれまでの地球と同程度の他の星系の他の惑星の知的生命体としてこれまでの経験を継続することになるかもしれません。あるいは魂が分解され犬や猫や鶏、カエルやモグラやミミズなどになるしか地球に残る手立てはなくなります。
知的生命体といっても、なんでも受け入れていた地球とは異なり、似たような、同じようなレベルの魂をもった者たちが多種多様な星から転生してきて、嘘をついたり物を奪ったり放火したり人を殺したり、無益な殺生をしたり、愚痴を垂れたり嫉妬したり難癖をつけたり、自慢したり威張ったり見栄を張ったり、嫌々ながら義務で生きている・・・のドラマを繰り広げ、地球とはまた違った地獄の様相を呈し、なかなか面白いかもしれませんが。
重さ20キロもあるでっかいイボガエル見たいな姿となって、腐敗したどろどろの沼に棲み、周囲と咎め合い、諍い合い、罵倒し合い、詐欺や窃盗が横行し、策略や陰謀が飛び交い、大きな金蝿を取り合って血みどろの戦いを繰り広げる、
なんてこともあるやもしれませんね。そして、勝ったカエルが長い舌を投じてその金蝿に粘着し口の中に引き込んで、うまそうに食べるのです。なにか言われてもアバタ顔のしかめつらで「おまいもそうやろ」「食わんわけにはいかんやろ」と、どよんとした濁った目で毒づいては大きなゲップをし、次の日には蝿の残骸を尻から排出するのです。そうしてまた新たな戦いが始まる。
これからはよほど霊格が高くないと人間に生まれ直すのが難しくなってしまった。朗報ですね。(^ ^)
やっと人間を解脱できるのです。
修行もしないで。苦行なんてもってのほかです。
銀河の、人類より知的に霊的に発達している星に転生するかもしれませんし、守護霊とか神的存在となって人間をサポートするかもしれません。はたまた、大きな金蝿をモグモグ食って自慢げに目を細める生命体に転生するかもしれません。「そげんいうたら、なんでん食えんやろ」と怒鳴るような卑しい人は、大豚のふんの中で戯れて腹一杯になる子豚星人になるかもしれませんね。
いま地球に生きている人の実に70パーセントが次の転生で地球には生まれることができません。パラダイスと変容した美しい地球に。
もし望むなら、少なくとも責任を認め、日常にしっかり足をつけ、やることなすこと心から喜んで、喜ぶようなことをやり、才能を発揮し、創造的に生きることです。これまで、いけないと言われてきた高度な楽しみをやればやるだけ、壮大な夢を実現しようと実行すればするだけ、望むような現実が与えられますし、物質的にも豊かになります。楽にです。
この50年はそれがトレンドになります。
と、タイゲタはエラの方から聴こえてきました。ひとりごとです。(^○^)
※ 人口が少なくなるのは、いくつかの魂が統合されて一人の人間になるから、といった情報も来ているのですが、今回は詳しくは述べません。(というより、いまのわたしのレベルではその詳細を言語化できないのです)いま、わたしたちがやることは一人ひとりがまずは覚醒し、霊魂を進化させていくことだからです。
