ブランド・品質維持という観点からの種苗法改正 | 上下左右

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台湾の早期TPP加入を応援する会の代表。
他にも政治・経済について巷で見かける意見について、データとロジックに基づいて分析する・・・ことを中心に色々書き連ねています。

今回の種苗法改正は種苗の海外流出を防ぐことを主眼においたものですが、そのための措置である『自家採取の制限』が一部で問題視されています。
今回はブランドや品質維持の観点から記事を書いていきます。

◯自家採取の制限対象
今回の法改正によって自家採取が制限されるのは全体の10~15%程度にすぎない登録品種のみであり、一般品種は対象外です。なお、家庭菜園で個人的に楽しむ場合は登録品種であっても制限の対象外になります。
一部ではあたかも全ての種子を毎回購入しなくてはならないかのように主張されていますが、ブランド品種を商業栽培・販売する場合のみ自家採取が制限されるということですね。
なお、主な登録品種や一般品種は下図のとおりです。
「登録品種が増えていけば自家採取が可能な一般品種は時代遅れのものだけになる」という意見もありますが、例えばコシヒカリは1956年に登録された品種(当然一般品種)ですが「時代遅れだ」などと言う人はいないでしょう。

◯ブランド価値の維持
種苗メーカーに限らず民間企業にとって、商品のブランド価値は命と言っても過言ではないでしょう。「この商品は質が低い」と思われてしまうと誰も買ってくれません。
食品繋がりで言えば、例えば神戸牛を初めとする和牛は、ブランド価値を維持するためブランド名を名乗らせるには極めて厳しい基準を定めています。
<神戸牛を名乗る条件>
兵庫県産「但馬牛」の定義
【第20条】
「兵庫県産(但馬 牛ぎゅう  )」とは、本県の 県有けんゆう 種雄牛のみを歴代に 亘わた り交配した 但馬牛たじまうし を素牛とし、繁殖から肉牛として出荷するまで当協議会の登録会員(生産者)が本県内で飼養管理し、本県内の食肉センターに出荷した生後28ヵ月令以上から60ヵ月令以下の雌牛・去勢牛で、歩留・肉質等級が「A」「B」2等級以上とし、瑕疵等枝肉の状態によっては委嘱会員(荷受会社等)の確認により判定を行う。 尚、兵庫県産(但馬 牛ぎゅう )を但馬 牛ぎゅう 、但馬ビーフ、TAJIMA BEEFと呼ぶことができる。
・神戸肉・神戸ビーフの定義
【第21条】
「神戸肉・神戸ビーフ」とは、第20条で定義する「兵庫県産(但馬 牛ぎゅう )」のうち、未経産牛・去勢牛であり、枝肉格付等が次の事項に該当するものとする。 尚、神戸肉・神戸ビーフをKOBE BEEF、神戸 牛ぎゅう 、神戸 牛うし と呼ぶことができる。(後略)

植物と肉牛とで条件が異なるのは当然ですが、和牛ではブランド維持のためにこれだけの条件をクリアしたものにしかブランド名を名乗らせていないのです。
現行の種苗法では、一度登録品種を購入すれば誰の審査も受けることなく、自家採取を繰り返して変質したとしても同じブランド名の品種を名乗ることができます。
例えば『あまおう』がAの果樹園とBの果樹園で採れたとします。どちらも『あまおう』の名前で売られますが、自家採取を繰り返した結果として品質に差が発生しています。福岡ではどちらも並んで売られているので消費者は比べて購入することができますが、東京に出荷された場合、東京人にとっては店頭に並んでいるものだけが『あまおう』になります。たまたま低品質なものが売られていたら、その人の『あまおう』の評価はそれで決まってしまうのです。「あまおうって大して美味しくないな。これならとちおとめの方が美味しい」と思われたら、もうその人が『あまおう』を買うことはないでしょう。
開発者にとって「自分達が開発したものが、品質の異なる商品によって評価が決まってしまう」というのは余りに無体なことではないでしょうか。

◯種子法との関連
過去記事[種子方が守ったもの]にも書きましたが、種子法の対象になっていた作物のうち米以外の自給率は10%前後と全く機能しておらず、実質的に種子法は米のみを対象にした法律となっていました。
そんな米の一般品種の割合は84%で、米の種子更新率(≒購入率)は88%(一般品種/登録品種の区別なし:平成28年実績)です。つまり今回の種苗法改正で対応が必要になる登録品種を自家採取している割合は16%×12%≒1.9%でしかないのです。
わずか2%弱をターゲットにしてわざわざ法律を変えさせる、などということがあるでしょうか?
種子法廃止は米の需要に供給を合わせるため、種苗法改正は種苗の海外流出防止と種子開発の活性化のためと、目的が全く異なります。
何でもかんでも結びつけて「グローバル企業のための法改正だ」と主張するのは流石に陰謀論の謗りを免れないでしょう。