あなたはレベル50の勇者である。
前の冒険では、巨大なドラゴンを倒し、魔王軍の幹部を撃破し、数々の難関ダンジョンを攻略してきた。
装備も充実している。攻撃力も魔力も申し分ない。
ところが、新しいゲームを始めると、なぜか最初の町から出られない。
町の門番に話しかける。
「この先へ進むには、村長の許可が必要です」
村長に話しかける。
「まずは町内会の皆さんに相談してください」
町内会長に話しかける。
「その件は、昔から宿屋の主人が担当しています」
宿屋の主人に話しかける。
「前任者から何も聞いていないので、判断できません」
仕方なく村長のところへ戻る。
「勝手に話を進めてもらっては困ります」
……なんだ、このクソゲーは。
しかし、これは架空のRPGの話ではない。
日本の伝統的大企業、いわゆるJTC(Japanese Traditional Company)に中途入社した人が、実際に遭遇する状況をゲームに置き換えたものである。
本連載では、JTCを一種の高難度RPGに見立て、その理不尽なゲームシステムと攻略方法を考察していく。
第1回のテーマは、**「なぜ実力のある中途社員が、入社した途端に活躍できなくなるのか」**である。
1.レベル50で入社したはずなのに、なぜスライムすら倒せないのか?
中途採用には、奇妙な矛盾がある。
企業は即戦力を求めて採用する。ところが、入社した中途社員がすぐに能力を発揮できるとは限らない。
例えば、あるITエンジニアが転職したとしよう。
前職では大規模システムの設計を担当し、難しいトラブルを解決してきた。業務知識も技術力も十分にある。
しかし、転職先で待っていたのは、次のような仕事だった。
会議に参加するため、関係部署に事前確認する。
ちょっとしたシステム変更でも、複数の管理職に説明する。
技術的には正しい提案でも、関係者の合意がないため実行できない。
誰が意思決定者なのか、組織図を見てもわからない。
過去の経緯を知らないという理由で、発言が軽視される。
技術力が失われたわけではない。
しかし、その技術力を発揮するための行動が制限されている。
RPGに例えるなら、レベル50の勇者が「町の外でモンスターと戦う権限」を持っていない状態である。
どれだけ強力な剣を持っていても、町から出られなければ意味がない。
JTCで問題になるのは、キャラクターのレベルではなく、行動を解放するためのフラグなのである。
2.JTCでは経験値より「イベントフラグ」が重要になる
一般的なRPGでは、敵を倒して経験値を獲得すればレベルが上がる。
しかし、JTCというゲームには、もう一つの成長システムが存在する。
それが社内のイベントフラグである。
例えば、こんなフラグがある。
フラグ①:課長から信頼されている
これがないと、自分の提案を会議に上げてもらえない。
フラグ②:関係部署のキーパーソンと面識がある
これがないと、正式な相談をする前に話が止まる。
フラグ③:過去の経緯を知っている
これがないと、「以前にも検討したが、難しかった」と言われて終了する。
フラグ④:社内での実績(または信頼)がある
これがないと、専門家として採用されていても、重要な判断を任せてもらえない。
このシステムで有利なのは誰だろうか。
新卒から20年間勤務している社員である。
社内の人脈、暗黙のルール、過去の失敗、上司の好みなどを熟知している。
仮に専門能力が中途社員より低くても、イベントフラグを大量に獲得しているため、組織内で自由に行動できる。
一方、中途社員は、どれだけ実務経験が豊富でも、フラグがほぼゼロの状態からスタートする。
レベル50の中途社員より、レベル20の生え抜き社員のほうが、ゲームを進めやすいのである。
これは個人の能力差とは別の問題である。
3.説明書が存在しない。しかも攻略条件が非公開
高難度RPGでも、難しいこと自体が悪いわけではない。
例えば『サガ』シリーズには、プレイヤーが試行錯誤しながらゲームシステムを理解していく楽しさがある。
敵が強い。攻略の自由度が高い。重要な情報も必ずしも親切に教えてくれない。
しかし、試行錯誤によって仕組みが見えてくれば、難関を突破できる。
ところが、JTCでは試行錯誤そのものが難しいことがある。
例えば、ある改善提案をしたとしよう。
最初は「関係部署に相談してほしい」と言われる。
そこで関係部署に相談すると、「先に部長の了承が必要だ」と言われる。
部長に相談すると、「担当課長から話を通すべきだ」と言われる。
さらに担当課長に相談すると、「なぜ事前に相談しなかったのか」と注意される。
このゲームには、正しい攻略順序が存在しているらしい。
ところが、その順序がどこにも書かれていない。
しかも、プレイヤーが失敗すると、なぜか評価が下がる。
普通のゲームなら、不親切な設計として批判されてもおかしくない。
もちろん、企業には意思決定の手順が必要である。予算、品質、情報セキュリティ、法令遵守などを無視して、社員が勝手に行動してよいわけではない。
問題は、必要な統制と、単なる社内慣習が区別されていないことである。
合理的なルールなら、入社時に説明すればよい。
しかし「長年勤めれば自然に覚える」という前提で運営されている組織では、中途社員だけが攻略情報のないゲームを始めることになる。
4.転職すると、なぜか装備まで没収される
もう一つ、JTCの面白い仕組みがある。
それは、前職での実績が必ずしも評価されないことである。
例えば、前職で大規模プロジェクトを成功させた人がいたとする。
新しい会社でも、その経験を活かした提案をする。
ところが、返ってくる言葉はこうである。
「うちの会社は特殊だから」
「前の会社ではそうだったかもしれないが」
「まずは、うちのやり方を理解してほしい」
もちろん、会社によって事情は異なる。
前職で成功した方法が、転職先でも必ず通用するとは限らない。新しい職場の業務や文化を理解する努力は、中途社員にも必要である。
しかし、会社固有の事情を説明することなく、過去の経験を一括して否定するのは別問題である。
これは、RPGでいえば、前作から引き継いだ伝説の剣を没収され、代わりに木の棒を渡されるようなものである。
そして、こう言われる。
「まずは、この町で木の棒の使い方を覚えてください」
勇者は思う。
いや、剣の使い方は知っているのだが。
このような状況では、中途社員が本来持っている能力を企業が活用できない。
社員にとっても不幸だが、高い採用コストを負担している企業にとっても損失である。
5.最も厄介なのは、レベルアップの方向性が違うこと
ここまでの話なら、攻略方法は比較的単純である。
社内のルールを学び、人脈を構築し、信頼を獲得すればよい。
実際、新しい組織に適応するためには、こうした努力が欠かせない。
しかし、もっと厄介な問題がある。
それは、JTCで評価される能力と、中途社員が磨いてきた専門能力が一致しない場合があることだ。
例えば、ITエンジニアとして採用された人がいたとする。
本人は、技術力や業務知識を活かして会社に貢献したいと考えている。
ところが、実際の仕事では、技術的な課題を解決する能力よりも、社内調整、根回し、稟議資料の作成、関係者の説得などが重視される。
もちろん、これらも重要なビジネススキルである。
大規模な組織を動かすためには、技術力だけでは足りない。
問題は、評価の優先順位である。
技術力を発揮するために社内調整を行うのか。
それとも、社内調整を成功させること自体が仕事の中心になっているのか。
両者は大きく異なる。
RPGに例えるなら、剣士として採用されたのに、出世するためには「会議術」「根回し」「上司への説明」といったスキルばかり習得しなければならない状態である。
しかも、これらのスキルを伸ばすほど、剣を振る機会が減っていく。
気がつけば、レベル80の社内調整専門家になっている。
しかし、剣術はレベル50のままである。
本当に恐ろしいのは、レベルが上がらないことではない。自分が望んでいない職業にクラスチェンジしてしまうことである。
6.では、このクソゲーをどう攻略すればよいのか?
理不尽なゲームだからといって、すぐに投げ出す必要はない。
攻略方法は存在する。
攻略法①:まずはマップを作る
最初に理解すべきなのは、組織図ではなく実際の意思決定構造である。
誰が予算を持っているのか。
誰が専門的な判断を下しているのか。
誰が反対すると計画が止まるのか。
誰が協力すれば物事が進むのか。
これらを理解することが、JTC攻略の第一歩である。
RPGでいえば、ダンジョンの地図を入手する作業だ。
攻略法②:重要なイベントフラグを優先する
社内の全員と仲良くなる必要はない。
まずは、自分の仕事に必要なキーパーソンを把握し、信頼関係を築く。
特に、直属の上司がどこまで中途社員に権限を与えられるかは重要である。
能力があっても、意思決定の場につながる経路がなければ活躍は難しい。
攻略法③:小さなクエストで実績を作る
入社直後から、巨大な組織改革を実行しようとするのは難しい。
まずは、比較的小規模な課題を解決する。
業務を効率化する。トラブルを解決する。資料の品質を改善する。
周囲から見える成果を積み重ねることで、徐々に行動範囲を広げていく。
ただし、何でも引き受ける便利屋になってはいけない。
自分の専門性を発揮できるクエストを優先することが重要である。
攻略法④:攻略する価値のあるゲームなのか見極める
これが最も重要である。
どれだけ努力しても、専門能力が評価されない会社は存在する。
技術者として成長したいのに、社内政治の攻略ばかり求められる。
改善提案をしても、組織の都合で実行できない。
新しい知識を身につけても、それを試す機会がない。
このような場合、ゲームを続けること自体を再検討する必要がある。
年収が高い会社であっても、必ずしも自分に合うとは限らない。
会社の名前や待遇だけではなく、そこで身につく能力が、5年後、10年後の自分にとって価値を持つのかを考えるべきである。
7.本来、ゲームシステムを修正すべきなのは会社である
ここまで中途社員の攻略方法を考えてきた。
しかし、そもそもなぜ、中途社員ばかりが理不尽なゲームの攻略を要求されるのだろうか。
企業は専門能力を期待して中途社員を採用している。
それなら、その能力を発揮できる環境を整えることも企業の責任である。
例えば、入社直後に次のような情報を提供すればよい。
誰が何を決裁するのか。
どの部署が何を担当しているのか。
提案を実行するためには、どのような手順が必要なのか。
過去に同様の提案が失敗した理由は何か。
中途社員に期待する成果と、与えられる権限は何か。
さらに、既存社員が持っている社内知識と、中途社員が持っている外部の専門知識を組み合わせればよい。
新卒社員と中途社員が、それぞれ異なる強みを持っていること自体は問題ではない。
むしろ、多様な経験を持つ人材が協力することで、組織は強くなる。
問題は、社内で長く働いていることによって得られる知識だけが、過度に評価される仕組みである。
これは、ゲームで例えるなら、新規プレイヤーが何時間プレイしても古参プレイヤーに追いつけない設計である。
そんなゲームでは、新しいプレイヤーが定着しない。
しかも、せっかく参加した強いプレイヤーが、実力を発揮する前に去ってしまう。
おわりに:難しいゲームと、理不尽なゲームは違う
私は、難しいゲームが嫌いなわけではない。
むしろ、簡単すぎるゲームよりも、試行錯誤によって攻略方法を見つけるゲームのほうが面白いと思う。
企業で働くことも同じである。
難しいプロジェクトに挑戦する。
複雑な業務を理解する。
利害の異なる関係者を説得する。
こうした困難を乗り越えることには、仕事ならではの面白さがある。
しかし、能力を発揮する以前に、誰も教えてくれない社内ルールで行動を制限されるのは別問題である。
難しい課題を解決することと、理不尽な手続きを突破することは同じではない。
そして、企業が即戦力を採用しているのに、その人材を最初の町に閉じ込めているとしたら、問題があるのはプレイヤーだけではない。
ゲームシステムそのものにも問題がある。
レベル50の勇者を採用したのなら、いつまでも最初の町で薬草を買わせていてはいけない。
勇者が戦うべき相手は、社内の門番ではなく、会社が直面している本当の課題なのだから。
JTCというクソゲーを攻略する②へ続く。

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