先日、電車で老夫婦を見かけた。
隣同士に座り、お互いをいたわるように寄り添っていた。
何か特別なことをしていたわけではない。
少し身体を寄せる。
相手が立ち上がるときに気にかける。
何気なく言葉を交わす。
ただ、それだけだった。
それなのに、妙に印象に残った。
二人が若かったころ、どんな人だったのかは知らない。
夫の年収も分からない。
妻が何歳に見えたのかも分からない。
学歴も、勤め先も、若いころの容姿も分からない。
それでも一つだけ分かる。
この二人は、長い時間を一緒に生きてきたのだ。
その光景を見ながら、ふと思った。
婚活をする前に、こういう70代の夫婦をもっと見たほうがいいのではないか。
婚活では、驚くほど細かく相手を見る。
年齢。
年収。
学歴。
身長。
職業。
容姿。
趣味。
もちろん、どれもどうでもいいわけではない。
しかし結婚とは、その条件表を通過したあとに、30年、40年、50年と続く生活である。
ならば本当に考えるべきなのは、別の問いではないだろうか。
この人と、一緒に歳をとれるだろうか。
「同年代はおじさんだから嫌」に感じる違和感
婚活の話では、ときどきこんな言葉を耳にする。
「同年代の男性は老けて見える」
「私は若く見られるから、もっと年下の人が合う」
年下を希望すること自体は自由である。
10歳差でも20歳差でも、二人が幸せなら何の問題もない。
私が気になるのは、年齢差そのものではない。
自分と同じように歳を重ねている人を、
「老けているから価値が低い」
と扱う発想である。
相手からすれば、当然こう思う。
今は若いから好きなのか。
では、自分が歳をとったらどうなるのか。
35歳の男性も、20年後には55歳になる。
40年後には75歳になる。
自分だって同じである。
いつかは全員、歳をとる。
だから、この言葉には少し毒を込めてこう返したくなる。
「同年代はおじさんだから嫌」と言う人が、20年後に同じことを言われない保証はない。
結婚とは、若い人を手に入れることではない。
相手が老いていくことまで含めて、一緒に生きることである。
「若く見える」は、本当に結婚生活の武器なのか
「実年齢より10歳若く見られます」
これは褒め言葉としてはうれしい。
健康的で、清潔感があり、表情が明るいことは魅力でもある。
しかし、それを婚活における最大の武器だと考え始めると、少し危うい。
若さで競えば、必ず本当に若い人がいるからだ。
49歳で40歳に見える人がいたとしても、実際に35歳の人は35歳である。
それ以上に重要なのは、
若さは、結婚生活の中で必ず失われる
ということだ。
髪も変わる。
体形も変わる。
健康状態も変わる。
仕事も変わる。
収入も変わるかもしれない。
だから婚活で考えたほうがいいのは、
「私は何歳に見えるか」
ではない。
「歳をとった私と、それでも一緒にいたいと思ってもらえるか」
である。
そして同時に、
「歳をとった相手を、私は大切にできるか」
でもある。
婚活では「誰まで狙えるか」、結婚では「誰と老いていけるか」
婚活では、「市場価値」という言葉がよく使われる。
若い。
美しい。
高収入。
高学歴。
大企業勤務。
確かに、出会いの入口では分かりやすい。
検索条件にもできる。
比較もしやすい。
しかし、先ほど電車で見た老夫婦からは、そんな情報は一つも分からなかった。
見えたのは別のものだった。
相手が立つときに気にかける。
相手の動きを待つ。
自然に身体を寄せる。
相手の存在を当然のように大切にする。
街で仲のよい高齢夫婦を見ると、同じことを感じる。
スーパーで自然に重い袋を持つ。
妻の歩く速度に夫が合わせる。
夫が忘れ物をしても、必要以上に責めない。
喫茶店で、何でもない話をして笑う。
「ありがとう」が自然に出る。
婚活プロフィールでは、ほとんど測定できないものばかりである。
だから、私はこう思う。
婚活では「誰まで狙えるか」を考える。しかし結婚では、「誰と老いていけるか」が問われる。
この二つは、似ているようで全く違う。
50年で喧嘩しない夫婦はいない
長い結婚生活では、必ず問題が起きる。
家事。
仕事。
お金。
子育て。
住宅。
親族。
病気。
介護。
価値観の違いも出る。
だから大切なのは、「一度も喧嘩しない人」を探すことではない。
おそらく重要なのは、
壊れかけた関係を修復できる人かどうか
である。
失敗した相手に、
「だからお前はダメなんだ」
と言うのか。
それとも、
「じゃあ次はどうしよう」
と言えるのか。
怒っても人格までは攻撃しない。
自分が悪ければ謝る。
困ったときには助ける。
相手が弱っている日に、さらに追い打ちをかけない。
こういう能力は、プロフィールには書かれていない。
しかし、50年という時間では非常に大きな差になるはずだ。
若さより長く残るのは、相手を傷つけたあとに関係を直せる力かもしれない。
もちろん、70代夫婦を美化してはいけない
ここで一つ、重要な留保がある。
今も一緒にいる高齢夫婦だけを見て、
「長続きした夫婦には成功法則がある」
と断定することはできない。
離婚した夫婦は、そもそも視界に入らない。
生存者バイアスがある。
さらに今の70代、80代が若かったころは、離婚の社会的コストも現在より高かった。
特に女性にとっては、経済的に結婚から離脱しにくい時代でもあった。
50年間続いたからといって、50年間幸せだったとは限らない。
我慢で続いた夫婦もあるはずだ。
だから老夫婦を「正解」として見るべきではない。
見る価値があるのは、
婚活市場では気づきにくい評価軸を発見できるから
である。
同時に、離婚した人にも聞いたほうがいい。
再婚した人にも聞く。
独身を選んだ人にも聞く。
「若いころの自分に、結婚について一つだけ言うなら何ですか」
そう尋ねれば、仲良し夫婦だけを見ているより、ずっと面白いものが見えてくるだろう。
「自分が選ぶ理由」だけでは、婚活は成立しない
婚活では、
「私はこの人がいい」
という理由は簡単に言える。
若いから。
年収が高いから。
話が合うから。
外見が好みだから。
しかし、同時に考えなければならない問いがある。
相手から見て、自分を選ぶ理由は何だろう。
婚活は、一方的な選抜ではない。
自分が選ぶ。
相手も選ぶ。
だから、
「私は若く見えるから、このくらい年下でも釣り合う」
では足りない。
年下を求めるなら、
その相手に自分は何を提供できるのか。
安心感なのか。
精神的な安定なのか。
経済的な自立なのか。
一緒にいる楽しさなのか。
相手の挑戦を応援できることなのか。
これは女性だけの話ではない。
男性も全く同じである。
「年収が高いから若い女性を選べる」
と考えているだけなら、構造は変わらない。
自分の価値を語るだけの婚活から、二人でどんな生活をつくれるかを考える婚活へ。
この転換が必要なのだと思う。
条件は必要だ。しかし、条件は変わる
誤解してほしくない。
私は、年収や年齢や外見はどうでもいいと言いたいわけではない。
収入は重要である。
仕事も重要である。
外見の好みも重要である。
金銭感覚も重要である。
条件は、結婚生活の初期条件だからだ。
ただし、初期条件は50年間固定されない。
会社が倒産するかもしれない。
病気になるかもしれない。
収入が下がるかもしれない。
親の介護が始まるかもしれない。
外見も変わる。
そして人は老いる。
だから重要なのは、
条件を見ることをやめることではない。
条件が崩れたときにも、この人と相談してやっていけるかを見ること
である。
結婚とは、条件が固定された商品を選ぶことではない。
変化し続ける二人が、長期間チームを組むことである。
婚活をするなら、40年先から今を見てみる
身近に年配の夫婦がいるなら、一度話を聞いてみるといい。
「なぜ、この人と結婚したのですか」
「一番大きな喧嘩は何でしたか」
「離婚したいと思ったことはありますか」
「どうやって仲直りしましたか」
「結婚前に分かっていてよかったことは何ですか」
「若いころは大事だと思っていたけれど、今ではどうでもいい条件はありますか」
そして、最後に聞いてみる。
「長く一緒に暮らして、結局一番大事だったものは何ですか」
これは科学的な成功法則を得るためではない。
自分より40年、50年先から、今の婚活を眺め直すためである。
婚活をしていると、視野はどうしても近くなる。
次のデート。
次のメッセージ。
次の相手。
自分の市場価値。
希望年齢。
しかし、その先には何十年という生活がある。
たまには、人生の終盤から逆算して相手を見てもいい。
若い相手は選べる。でも、若いままの相手は選べない
あの電車の老夫婦も、最初から老夫婦だったわけではない。
二人にも若い日があった。
仕事に追われた日もあっただろう。
喧嘩した日もあったかもしれない。
病気になったことも、家族の問題を抱えたこともあったかもしれない。
私は二人の人生を知らない。
だから、あの夫婦が理想の夫婦だったと断定するつもりもない。
ただ、互いをいたわりながら寄り添っている二人を見て、少し羨ましいと思った。
若さではない。
条件でもない。
何十年も時間を共有したあとに、それでも相手の隣に自然に寄り添えることを、である。
婚活で条件を見るのはいい。
そのうえで、一つだけ質問を加えてみる。
「この人と70代になったとき、どんなふうに電車に乗っているだろう」
若さがなくなったあと。
肩書がなくなったあと。
子どもが独立したあと。
仕事を辞めたあと。
二人だけになったとき。
まだ相手の隣に座りたいと思えるか。
相手が立ち上がるとき、自然に気にかけられるか。
老いていく相手を、それでも大切にできるか。
若い相手を選ぶことはできる。
しかし、若いままの相手を選ぶことは、誰にもできない。
いつかは全員、歳をとる。
だから婚活で本当に探すべきなのは、「若い人」でも「市場価値の高い人」でもないのかもしれない。
変化し続ける人生を、一緒に老いていける人。
電車で寄り添う二人を見ながら、そんなことを考えた。