NISAは知っている。
リボ払いが危険なのも知っている。
固定費を下げた方がいいことも、先取り貯蓄をした方がいいことも知っている。
それでも、仕事で嫌なことがあった夜にAmazonを開く。
疲れて帰った日にコンビニで予定外のものを買う。
「今日は頑張ったから」と、自分へのご褒美を買う。
そして翌朝、クレジットカードの明細を見て思う。
「なんで、こんなものを買ったんだろう」
これは、本当にマネーリテラシーの問題なのだろうか。
私は最近、家計管理について考えていて、一つの疑問を持つようになった。
普通の家計簿には、「何に使ったか」は書いてある。だが、「なぜ使ったか」が書いていない。
ここに、浪費を防ぐための大きなヒントがあるのではないか。
そこで考えたのが、支出額だけではなく、その支出が発生した「状況」や「感情」まで分析する、
「浪費トリガー家計簿」
という考え方だ。
金融教育は必要だ。でも、知識だけで人間は動かない
最初に誤解のないように書いておきたい。
金融教育には意味がある。
Kaiser、Lusardi、Menkhoff、Urbanが76件のランダム化実験、16万人超を統合したメタ分析では、金融教育は金融知識だけでなく、その後の金融行動にも平均して正の効果を持っていた。つまり、「お金について勉強しても意味がない」という話ではない。
問題は、その次だ。
私たちは、知識として正解を知っていても、常にその通りには行動しない。
健康に悪いと知っていても食べ過ぎる。
早く寝た方がいいと知っていてもスマートフォンを見る。
そして、貯金した方がいいと知っていても使ってしまう。
「知っている」と「できる」の間には、かなり広い空間がある。
家計管理では、この空間があまり記録されてこなかったのではないか。
同じ1,000円でも、全部同じ支出ではない
たとえば、コンビニで1,000円使ったとする。
普通の家計簿なら、
「食費 1,000円」
で終わる。
だが、実際にはいろいろな1,000円がある。
朝、必要な昼食を買った1,000円。
休日、家族と食べるスイーツを買った1,000円。
残業で疲れ切った22時30分、空腹とストレスのまま店に入り、予定していなかった酒や菓子まで買った1,000円。
金額は同じでも、意味はまったく違う。
節約したいのなら、「コンビニ代を減らそう」と考えるより、
どんな状況になると、予定外の1,000円が発生するのか
を調べた方がいい。
私はこれを「浪費トリガー」と呼びたい。
ストレスを感じれば、必ず浪費するわけではない
ここも重要だ。
「ストレスがあるから人は浪費する」と単純化してはいけない。
DuranteとLaranの研究では、ストレスを受けた人は、自分の環境に対するコントロール感を取り戻そうとすることが示されている。
その結果として、将来に備えて貯蓄を増やす場合もあれば、「自分には必要だ」と感じるものへの支出を増やす場合もあった。
つまり、
ストレス → 浪費
という一本道ではない。
むしろ、
ストレス
↓
何かをして安心したい
↓
その人が身につけている行動へ向かう
と考えた方がいい。
ある人は貯金する。
ある人は食べる。
ある人は服を買う。
ある人は酒を飲む。
だから重要なのは、「私は浪費家だ」と自分を決めつけることではない。
自分には、どんな状況で、どんな行動が起きやすいのか。
そこを見ることだ。
「我慢する」より、浪費する条件を消す
金融分野の自己制御について、Davydenkoらは29研究・12種類の戦略をメタ分析している。
その結果、自己制御を助ける戦略は、平均すると支出を減らし、貯蓄を増やしていた。効果量はd=0.57だった。
重要なのは、研究者が「誘惑に直面してから意志力だけで耐える」方法だけを見ているわけではないことだ。
事前に誘惑を減らしたり、行動を制約したりする方法も含まれている。
要するに、
浪費したくなった自分を説得するより、浪費しやすい状況を先につぶした方がいい。
という発想だ。
これは生活感覚にも合っている。
夜に通販すると余計なものを買うなら、夜は通販アプリを開かない。
SNSを見た後に服を買いたくなるなら、物欲を刺激するアカウントを減らす。
給料日の直後に使いすぎるなら、給与が入った直後に別口座へ自動移動させる。
コンビニへ行くと予定外の商品を買うなら、帰宅ルートを変える。
「意志を強くする」のではない。
意志を使わなくてもいい環境を作る。
人間を変えるより、デフォルトを変える
この考え方を象徴するのが、自動加入やコミットメント貯蓄の研究だ。
米国の401(k)では、従業員が自分で加入する方式から、自動的に加入して嫌なら脱退する方式へ変更すると、参加率が大幅に高くなることが確認されている。
Choi、Laibson、Madrian、Metrickが3社を調べた研究では、自動加入後の401(k)参加率はいずれも85%を超えた。
フィリピンでは、Ashraf、Karlan、Yinが「一定の条件まで簡単には引き出せない貯蓄口座」をランダムに提供した。
12か月後、提供群の平均貯蓄残高は対照群より81 percentage points高かった。
ここから得られる教訓は単純だ。
人間を変えるより、デフォルトを変える。
毎月、
「今月こそ3万円貯金しよう」
と決意する必要はない。
給料日に自動で3万円が移動するようにすればいい。
意思決定そのものを減らしてしまう。
では「浪費トリガー家計簿」はどう作るのか
ここで、私が提案したい方法に戻る。
とはいえ、買い物をするたびに、
「ストレス7点、空腹8点、疲労6点……」
などと入力する家計簿にはしたくない。
それでは家計管理そのものがストレスになる。
まず使うのは、すでに残っているデータだ。
クレジットカードやQR決済、銀行明細などには、
何月何日
何曜日
いくら
どの店で
何を買ったか
という情報が残っている。
最初に見るべきなのは、浪費が集中している場所と時間だ。
たとえば、
「金曜日の夜だけ支出が大きい」
「22時以降のネット通販が多い」
「給料日から3日以内に趣味支出が集中する」
「ドラッグストアへ行くと予定外の商品が増える」
といったパターンを探す。
その後で初めて、
「その日は残業だった」
「仕事で嫌なことがあった」
「SNSで商品を見た」
「寝不足だった」
と振り返る。
順番が重要だ。
感情を毎回記録するのではない。
支出データから異常を見つけ、後から感情と状況を照合する。
これなら続けやすい。
浪費には「曜日」「時刻」「場所」「感情」がある
浪費を分析するとき、私は少なくとも次の5つを見るとよいと思う。
いつ使ったか。
朝なのか、深夜なのか。平日なのか休日なのか。給料日前後なのか。
どこで使ったか。
Amazonなのか、コンビニなのか、飲食店なのか。
直前に何をしていたか。
残業、SNS、飲酒、友人との会話、暇な休日。
どんな状態だったか。
疲労、空腹、退屈、不安、怒り、寂しさ。
買った後、満足したか。
ここが意外に重要だ。
同じ5,000円でも、
「家族と食事をして楽しかった」
なら、それは浪費ではないかもしれない。
一方、
「SNSで見て衝動買いしたが翌朝にはどうでもよくなった」
なら、減らせる支出かもしれない。
節約とは、単純に金額を減らすことではない。
満足度の低い支出を減らし、満足度の高い支出を残すこと
なのではないか。
原因が違えば、対策も違う
「浪費を減らそう」と言われると、多くの場合、
外食を減らす
コンビニへ行かない
服を買わない
といった一般論になる。
しかし、トリガーが分かれば対策はもっと具体的になる。
残業後の空腹が原因なら、通販サイトを禁止しても意味がない。
夕方用の軽食を用意した方がいい。
SNSを見た後に服を買うなら、食費を削っても意味がない。
商品紹介アカウントとの接触を減らした方がいい。
給料日後の解放感で使うなら、自動積立が効く。
「仕事で嫌なことがあった→買い物」というパターンなら、買い物以外に気分転換の方法を用意する必要がある。
つまり、
浪費という「結果」を責めるのではなく、浪費を発生させる「条件」を変える。
これが浪費トリガー家計簿の核心だ。
ただし、すべてを心理で説明してはいけない
この考え方にも適用範囲がある。
そもそも所得が生活費を下回り、貯蓄する余力がほとんどない家計を、「心理」や「行動設計」で説明してはいけない。
本稿が対象にしているのは、一定の裁量支出が存在するにもかかわらず、
「減らしたいと思っている支出を、繰り返してしまう」
ケースだ。
また、ギャンブル、アルコールなどが依存の水準に達している場合も、単なる家計管理の問題として扱うべきではない。
専門的な支援が必要になる領域と、「少し買いすぎる」を一緒にしてはいけない。
家計簿は「反省帳」でなくていい
私は、家計簿が嫌いになる理由の一つは、家計簿がしばしば「反省帳」になることだと思う。
今月も使いすぎた。
外食が多かった。
もっと節約しよう。
しかし、それだけでは来月も同じことが起こる。
必要なのは、自分を叱ることではない。
観察することだ。
私は何曜日に使うのか。
何時になると判断が変わるのか。
何を見ると欲しくなるのか。
どんな気分のときに財布を開くのか。
そこまで分かれば、初めて具体的な対策が作れる。
家計簿は、
「何にいくら使ったか」
を記録する道具から、
「自分はどんな条件でお金を使う人間なのか」
を知る道具へ変わる。
これが、私の考える「浪費トリガー家計簿」だ。
お金を貯める前に、自分の浪費パターンを知る
資産形成というと、NISA、投資信託、保険、税金、副業などの話になりやすい。
もちろん、それらは重要だ。
だが、その前に一度、
自分はいつ、なぜ、お金を使っているのか
を調べてみてもいいのではないか。
金融知識だけでは見えないものがある。
普通の家計簿にも見えないものがある。
それが、
感情と状況だ。
「無駄遣いをする自分は意志が弱い」
と考える前に、
「無駄遣いする条件は何だろう」
と考える。
条件が分かれば、条件を変えられる。
家計管理は、精神力を競うゲームではない。
自分の行動を理解し、自分が無理なく正しい行動を取りやすい環境を作ること。
そこまで含めて、これからの家計管理なのだと思う。