最近の女性アイドルを見ていて、以前とは少し違う「かわいさ」を感じることがある。
ウインクする。
頬をぷくっと膨らませる。
首を傾ける。
カメラに向かってハートを作る。
自分が一番かわいく見える角度を、本人もよく分かっている。
いわゆる、
「あざとカワイイ」
である。
しかし、これは単純に「昔のぶりっ子が復活した」という話ではないと思う。
むしろ、日本のアイドル文化が長年培ってきた、
親近感
愛嬌
未完成さ
ファンとの関係性
という価値が、TikTokやSNSの時代に合わせて再設計されたものではないだろうか。
そして世界の音楽市場を見ると、この日本型の「Kawaii」は意外なほど異色である。
韓国にはK-POPがある。
アメリカにはTaylor SwiftやBeyoncéのような本格的なArtist文化がある。
その中で、日本だけが、
「かわいいことそのもの」
を高度なエンターテインメントとして発達させてきた。
今回は、松田聖子からモーニング娘。、AKB48、櫻坂46、FRUITS ZIPPER、CUTIE STREET、そしてXで海外に拡散されたSAOさんまでをつなぎながら、日本独特の「かわいい」について考えてみたい。
松田聖子の「ぶりっ子」と、令和の「あざとカワイイ」は同じではない
日本のアイドル史で「計算されたかわいさ」を考えると、松田聖子は外せない。
笑顔。
甘い声。
髪型。
カメラ目線。
首の傾け方。
松田聖子のアイドルとしての表現は、非常に高度に作り込まれていた。
当時「ぶりっ子」という言葉が広がったことからも分かるように、
「この人、かわいく見えるように計算しているのではないか」
という視線も存在した。
ただし、当時重要だったのは、
計算しているように見せないこと
だったのではないかと思う。
歌の中では、あくまで恋する少女である。
「私ってかわいいでしょう?」
と自分から主張するのではない。
恋する少女を演じる。
それを見た視聴者が、
「聖子ちゃんはかわいい」
と評価する。
つまり、
かわいいの判定者は観客
だった。
現在は、この構造がかなり変わっている。
モーニング娘。は「かわいい」より「キャラクター」だった
2000年前後のモーニング娘。も興味深い。
もちろん全員アイドルであり、かわいさは重要だった。
しかし黄金期のモーニング娘。を思い出すと、中心にあったのは、
元気、面白い、キャラが立っている
という魅力だったと思う。
安倍なつみは王道。
後藤真希はクールなエース。
石川梨華はかわいいキャラクター。
辻希美と加護亜依は、いたずらっ子的な存在。
全員が同じ種類の「かわいい」を目指していたわけではない。
『LOVEマシーン』『恋愛レボリューション21』なども、メンバーが一人ずつカメラに向かって「あざとい表情」を見せるというより、
大人数で騒ぎ、踊り、キャラクターが衝突する
こと自体がエンターテインメントだった。
ある意味、モーニング娘。はアイドルの「作られたキャラクター」を視聴者にも見せ始めたグループだったのかもしれない。
AKB48が売ったのは「かわいい」より「関係性」
2010年前後になるとAKB48が登場する。
AKB48はモーニング娘。より明確に「かわいい」。
制服風衣装。
ポニーテール。
青春。
恋愛。
しかし、現在の「あざとカワイイ」とはまだ違う。
AKB48の最大の商品は、
「この子を応援したい」
という関係性だったからだ。
劇場。
握手会。
選抜総選挙。
推し。
研究生。
ファンは完成されたスターを見るだけではなく、
この子が成長するところを見たい。
この子を選抜に入れたい。
この子を1位にしたい。
という物語へ参加した。
日本のアイドル研究でも、アイドルはしばしば「girl next door」、つまり身近な女の子として設計され、ファンに疑似的な親密感を生む存在として分析されている。
Hannah Dahlberg-Doddは2023年の研究で、日本のアイドルを単なるスターではなく、ファンにとっての **quasi companion(疑似的な仲間)**として位置づけている。
ここが日本アイドルの大きな特徴である。
欅坂・櫻坂は「あざとカワイイ」とは別方向へ進んだ
だから、
「時代が進むほど、日本のアイドルは全員あざとくなった」
と考えるのも違う。
欅坂46、現在の櫻坂46はむしろ逆である。
笑顔。
ウインク。
甘い仕草。
というより、
真顔
強い視線
激しいダンス
緊張感
内面の葛藤
を前面に出す。
カメラが近づいたとき、
FRUITS ZIPPER型なら、
「私のかわいいところを見て」
となるところを、
櫻坂型では、
「この感情を受け止めて」
となる。
つまり現在の日本アイドルは一方向へ進化したのではない。
むしろ市場が細分化した。
Performance
Cool
Beauty
Relatability
Kawaii
という複数の市場が共存している。
その中で突然巨大化したのが、「Kawaii特化型」である。
FRUITS ZIPPERは「かわいい」の主語を逆転させた
FRUITS ZIPPERの代表曲のタイトルは、
「わたしの一番かわいいところ」
である。
これはかなり象徴的だ。
松田聖子の時代なら、
恋をしている私
↓
観客が「かわいい」と判断する
だった。
FRUITS ZIPPERでは、
「私には、かわいいところがある」
から始まる。
さらにCUTIE STREETになると、
「かわいいだけじゃだめですか?」
となる。
ここでは「かわいい」が、他人から受け取る評価ではなくなっている。
むしろ、
自分で選び、自分で演じ、自分で提示するもの
になっている。
「かわいい」は形容詞から、半分動詞になった。
かわいいをやる。
かわいいを作る。
のである。
これこそ、現在の「あざとカワイイ」の核心ではないかと思う。
「あざとい」が悪口ではなくなった
昔の「ぶりっ子」には、
本当の自分を隠して、男性に好かれるように振る舞っている
という否定的な意味が強かった。
ところが今は、
「あざとい(笑)。でもかわいい」
で成立する。
本人も、
「かわいく見えるようにやっています」
ということを隠さない。
ファンも、
「分かっているよ」
という前提で楽しむ。
ここには、
アイドルと観客の共犯関係
がある。
これは松田聖子時代とはかなり違う。
計算を隠すのではなく、
計算しているところまで含めてKawaii
になったのである。
「Kawaii」は、そもそも「美人」と違う
ここで重要なのが、Kawaii研究である。
心理学者の入戸野宏は、Kawaiiを単なる外見的な「cute」とせず、
感情としてのKawaii
と
社会的価値としてのKawaii
の二層構造として整理している。
Kawaiiには、
見ていたい。
近くにいたい。
関わりたい。
という接近動機が含まれる。
これは美人コンテストとは違う。
鼻が高い。
左右対称である。
脚が長い。
という「完成美」だけでは説明できない。
丸い顔。
少し変わった声。
不器用な仕草。
天然な反応。
照れ。
失敗。
こうしたものまで、
「なんかかわいい」
に変換できる。
日本のアイドルが「美人」以上に「愛される人」を作ってきた理由の一つが、ここにあると思う。
K-POPとは、そもそも競争している軸が違う
この点で韓国アイドルと比較すると非常に面白い。
もちろんK-POPにもaegyo、つまり愛嬌文化がある。
TWICEのようにCuteを強く出したグループも存在する。
したがって、
日本=Kawaii
韓国=Cool
と単純化してはいけない。
ただし産業システムには明確な違いがある。
韓国アイドル研究では、デビュー前に、
Vocal
Dance
Rap
Visual
Performance
を体系的に訓練する育成システムが、K-POPの国際競争力の一つとして指摘されている。
つまりK-POPでは、
高度に訓練された完成度
が非常に重要だ。
典型化すれば、
Beautiful
Cool
Confident
Professional
Polished
である。
これに対して、日本型アイドルが得意としてきたのは、
Relatable
Lovable
Friendly
Cute
である。
両者は、そもそも同じ評価軸で競争していない。
アメリカでは、そもそも「アイドル」が独立した職業になりにくい
アメリカを見ると、さらに違う。
もちろんBritney SpearsやMiley Cyrusのようなteen starは存在する。
Disney Channelは、ある意味では巨大なアイドル育成装置だった。
しかし、その先で求められるのは、
Artistになること
である。
歌える。
曲を書ける。
ライブができる。
独自の音楽性がある。
自分自身のArtist Identityを持っている。
つまり大づかみに言えば、
アメリカ=Authenticity
韓国=Perfection
日本=Relatability / Kawaii
という異なる競争軸が見えてくる。
日本のNEW KAWAIIが世界から見ると異色なのは、このためである。
そして「顔ぷく」は、日本のKawaii文化を象徴する仕草かもしれない
ここで面白いのが、頬をぷくっと膨らませる「顔ぷく」である。
もともと日本語の「ふくれっ面」は、
不満、不承知、拗ねる
という意味を持つ。
恋愛ドラマや少女漫画なら、
「もう、なんで分かってくれないの」
「私、怒ってるんだから」
「少しは気づいてよ」
という場面で使われる。
つまり本来、
抗議
なのである。
ところが本気で怒鳴るのではない。
頬を膨らませる。
そっぽを向く。
すると、
不満+甘え+親密性
になる。
そこから漫画やアニメで、
拗ねている女の子
=
かわいい
という記号が成立した。
やがて、
不満だから顔をぷくっとする
から、
顔をぷくっとするとかわいい
へ意味が逆転した。
感情から切り離され、Kawaiiのポーズになったのである。
SAOさんが海外で拡散された理由も、ここから考えると面白い
Xで海外ユーザーにも大きく拡散されたSAOさんの写真も、この文脈から見ると非常に興味深い。
スーツ。
白いブラウス。
仕事をしているような雰囲気。
そして、
頬をぷくっと膨らませた表情。
ここには強烈な対比がある。
Adult Professional Woman
なのに、
Childlike Cute Gesture
なのである。
もし同じ女性がスーツ姿で真顔をしていれば、
「きれいな日本人女性」
で終わったかもしれない。
しかし「顔ぷく」が入ることで、
日本の会社員女性
+
アニメ的Kawaii
という、一瞬で理解できるイメージになった。
しかも海外には、アニメ、漫画、ゲームを通じて、
Japanese schoolgirl
salaryman
office lady
といった日本の日常生活のイメージがすでに蓄積されている。
そこへ実在する女性が、
「日本のOL」のような外見+Kawaiiな仕草
で現れた。
これは単なる美人写真とは違う。
世界が二次元で知っていた日本の日常文化が、
三次元の実在人物として突然現れた
ように見えたのではないだろうか。
もちろん、一人の女性を「日本の会社員女性の代表」とみなすことはできない。
重要なのは、
海外がすでに持っていた「日本らしさ」のイメージと、実在人物が偶然強く一致した
ということである。
日本の「あざとカワイイ」は、実は輸出可能な文化資産なのではないか
ここまで考えると、FRUITS ZIPPERやCUTIE STREETの成功を、
「K-POPほどダンスが上手くない日本アイドル」
と見るのは、おそらく間違っている。
K-POPと同じゲームをしていないからだ。
K-POPが、
Performanceの完成度
を世界市場で磨いてきたとすれば、日本が持っているのは、
Kawaiiという感情を発生させる技術
なのかもしれない。
ウインク。
声。
表情。
顔ぷく。
メンバーカラー。
少し大げさなリアクション。
ファンとの距離。
そして、
「私のかわいいを見て」
という自己表現。
Gabriella Lukácsは、ネットアイドルなどを分析する中で、「cute」を生産する行為そのものを **emotional labor(感情労働)**として捉えている。
つまりKawaiiは偶然ではない。
笑顔を作る。
愛嬌を作る。
親密感を作る。
これも一つの専門技術なのである。
「美しい」ではなく、「かわいい」を世界へ
かつて日本では、K-POPの世界的成功を見て、
日本のアイドルももっと歌やダンスを鍛えなければならない。
という議論が多かった。
もちろん、それも重要である。
しかし、すべてK-POP化する必要はない。
むしろ、
日本にしかない評価軸を磨く
という戦略もある。
アメリカがArtistを磨く。
韓国がPerformanceを磨く。
日本がKawaiiを磨く。
そう考えると、現在の「あざとカワイイ」は決して軽い流行ではない。
松田聖子の「ぶりっ子」。
モーニング娘。のキャラクター。
AKB48の親近感。
アニメや漫画の萌え表現。
原宿のKawaii文化。
SNSの自己表現。
これらが何十年もかけて蓄積され、
「かわいいを意識的に作り、それを本人もファンも楽しむ」
という現在のスタイルにつながったのではないだろうか。
そしてSAOさんの「顔ぷく」が海外で理解されたことまで考えると、
日本人が当たり前だと思っていたKawaiiの文法を、世界が改めて面白がり始めている
ようにも見える。
日本のアイドル文化は、K-POPに追いつけなかった文化なのではない。
むしろ、
K-POPとは違う競争軸を、ようやく世界に説明できる時代になった
のかもしれない。
参考にした主な研究
Hiroshi Aoyagi, Islands of Eight Million Smiles: Idol Performance and Symbolic Production in Contemporary Japan(2005)
Patrick W. Galbraith & Jason G. Karlin eds., Idols and Celebrity in Japanese Media Culture(2012)
Gabriella Lukács, “The Labor of Cute: Net Idols, Cute Culture, and the Digital Economy in Contemporary Japan”(2015)
Hiroshi Nittono, “The Two-Layer Model of ‘Kawaii’: A Behavioural Science Framework for Understanding Kawaii and Cuteness”(2016)
Eun Ha Cho, “A Comparative Study of the Idol Systems in Korea and Japan Focusing on IZ*ONE”(2019)
Hannah E. Dahlberg-Dodd, “Commodifying Adolescence for Performance and Profit: Language and Gender in Japanese Idol Music”(2023)