あたしは色んなことを決めつけすぎていたのかなあ、と思う


「自分はこういう人間」

っていう固定概念とか、すごくあるし、

自分が認めたものを認めてくれる人しか、

認めることができなくなってたし


優等生でいたい

尊敬されたい

認められたい

だから見栄を張ることに精一杯



自分を表現することで、

自分を決め付けることで、

自分の位置を確立してた



多分ね、表現の問題なんだけど、

まあちょっと器用に言葉とかが使えちゃうものだから、

他人のあたしに対する印象とか、

それなりに自分の都合のいいように持っていったりして


でもそうすることで、どんどん自分は囚われていったし

考えは凝り固まってきてて・・・



まあすごく囚われた人間ではあったね






あたしの考えなんて薄っぺらいのに、

たくさん考えているかのように見せたり・・・


だってあたし、たかが18年弱生きてきてるだけよ?

触れた思想の数だってめっちゃ限られてる

なのに、まるで自分はたくさんのことを知っているような口聞いて

馬鹿みたいだよねー



言いたいことあるっていうのは素晴らしいし、

伝えたことがあるっていうのは大切

でも、まだまだ蓄えが少ないから、

あたしの言うことは説得力に欠けてる


なら、今は、若いうちに、考えが凝り固まりすぎる前に

がむしゃらに色んなものを吸収するべきだ!

と、気付いた。

当たり前の話なんだけどね

OUTPUT(表現)が偉いと思ってたんだけど、

INPUT(吸収)なしの、土台作りなしの思想なんて、

いつか絶対行き詰る。





と、いうわけで、この何ヶ月か

Mixi、Facebook, Emailなどなどで知恵のひけらかしを

極限押さえ、

なるべく多くの小説、映画、本、写真、

そういうのに触れて、いろんなひとの考えを吸収しようとしたわけなの




こういう期間が絶対後に生きてくると信じてる。

そんなわけで、今まで頼っていた「ことば」の有限性を

初めて痛感したわけなんだけれど、

ここに矛盾が生じてしまうんだよね


「もう言葉を頼りにしたくないんだよ、当分言葉を使いたくない」

っていう感情を発信するにも言葉を用いらなくてはいけないわけで・・・


だから、周りの人には、今まで長い長いメールを書いてた人にさえ、

「最近ことばにできないんだよねえ」としかいうことができなかった

だって、言葉を信用していないといいながら、

言葉で「なんで信用していないか」を説明するっていうのはおかしいもの






「言葉の有限性」の中でも具体的に例を挙げるとしたら、

まずひとつは、結局何を話しても所詮すべてはフィクションだということ



感情を全て言葉にすることは不可能である


これは語彙の問題とか、

言語の根本的な成り立ち方っていうのも関係してくるけど、

それは今までだってわかってたことで、

そうじゃなくて、なんていうのかな、時間の問題かな


全ての事柄には様々な面が潜んでて、

すべての面を書ききるのは、不可能である

そうしたいなら、無限な時間が必要になってくる気がする


例えば、日記に「今日は楽しかった」と書くとする。


けど本当は一日の中には、悲しくなったり、

ちょっと怒ったり、苦しくなった瞬間もあったはずで。

なのに「楽しかった」とだけ書くということは、

読み手に、もしくは自分自身に、

「自分は楽しい一日を送った」と思い込ませているということよね

その瞬間、現実さえもがフィクションとなってしまう気がする。

たとえ嘘をつかなかったとしても、

一つの事実だけ言及して、別の事実を口にしないことは、

読み手の解釈を必ず一定の方向に導いてしまう

言葉とは読み手を導く道具らしい

良い意味でも、悪い意味でもね



今までは嘘さえつかなければ、

それは真実を語っていることと同じことなのだと思い込んできたのだけど、

完全なる真実はどこにも存在しないのね




なるべく偽らないように、嘘をつかないように、

言葉を選んで表現してきたつもりだったんだけど、

それでもあたしの言葉は常として虚栄を含み、真実から程遠いところにいた






例えばね、Mixiの日記で誰かが、

今日の自分の1日がどんなに楽しかったか書くとするじゃん

友達とパーティーして、○○ちゃんがねー・・・って具合に

それも「自分はこんな楽しい毎日を送っているんだよ」という見栄だよね

見せ付けたいという衝動かな


そういうのがすごくあたしは嫌だった

別に、そういう人をやめさせたいわけじゃないんだよ

読みたくない日記は読まなければいいだけなのだから

ただ自慢や見栄の張り合いに巻き込まれたくないと思ってた

でもここにきて気付いたのは

自分もそういう人たちとなんら変わりないという事実



例えばあたしが、自分の思考をMixiの日記に書く

そこには、「自分はこういうことも考えてるだ」っていう虚栄、

もしくは「理解されたい」「わかりあいたい」「認めて欲しい」という

衝動が含まれてた

必ずあった。

なぜなら、言わなかったこと言えなかったことは隠してきたのだから。

他人に言葉を発信するということは、

虚栄であり、見栄であった。





写真も同じ。


例えばFacebookに写真を乗っけること。


Photoshopして画像をいじくってない写真は、「真実」を写していると思ってた。

でも違った。

写真が映し出してるのは限られた部分のみであって、

その夜すべてを写してるわけじゃない。

楽しい部分しか写真は語らない。

みんなが写真で笑ってたところで、その夜がずっと楽しかったとは限らない。

写真もフィクションだね。

写真を撮る瞬間を選ぶということは、編集するということ。


「編集という作業は、必ずフィクションを作り出す」

それは言葉も写真も同じ。

同じように編集されて当事者に届くのだから。





あたしは決して真実だけを愛してるわけじゃない。

虚栄や嘘を認めないわけじゃない。


そうじゃなくて問題は、あたしは常に「真実」を口にしていると思ってた。

自信があった。

でもそうじゃないと気付いて、

言葉を軽々と口に出来なくなった

あんだけ言葉を使うことに自信があったのに、

自信がなくなってしまったのね。




なんだ、あたしも、虚栄を張りたい、

言葉を使って自分を少しでもよく見せたい、

そういう人間と一緒なんだ、ってね。


ある程度は知ってたけど、

改めて実感したこと。



自分の言葉を信じれなくなったから、使わないようにした。

または書いても書いても、すべてが嘘に見えてしまったの。

正直、言葉でなにかを伝えることがこんなに難しいとは思わなかったよ。


ただいま 2月2日 22時30分。


今晩だけ、とりあえず、いろいろ一気に言葉にしてみようと思う。




知ってる人もいるとおもうけど、

この数ヶ月間、あたしはまったく言葉を発することができなかった


日本語も、英語も。


この数年の中で、

一番言葉によるアウトプットが少なかった時期じゃないかなあ


メールはしない

ゆっくり1対1で語り合ったりもほとんどない

Mixiの日記で語ったりしない

メッセもしない・・・


理由はいろいろあるし、それもまたあとで説明するけど、

直接的な、一番最初の理由は、

前の彼氏と別れたことで。




彼との1ヶ月以下という短い付き合いが残してくれたものはなにもなく、

ほんのりとした切なさと、苦さだけを少しの間、噛みしめてた。




あたしは常として理解されたいという欲が強い。


ここでいう「理解されたい」とは結局のところ

あたし自身が思っている「自分」という像を、

相手にも見てもらいたい、ということです。


あたしの中では、はっきりと「自分はこういう人間」という考えがあり、

それを他人と共有したいと願うのです。



もちろん、その短い元カレとの関係の中ででも願ったものは同じであり、

自分という人間を理解してもらおうと、

必死になって自分を伝えていました


彼をすきになったのは、

付き合いたいと思ったのは、

彼なら理解してくれるという予感があったからだし、

優しさがある人だったから伝えやすいと思ったからです



短い関係の中で伝えられたことはほんの一部で、

それを悔やむわけではないのですが、

別れた後にやはり寂しくなり、

最後にちょっとでも多く自分のことを伝えたくなった

だから長い長いメールを書いた。




いままであたしがすきなった人(恋愛以外でも)は、

結果的にみんな、あたしのことを心底理解してくれて、

あたしが言う、「あたしとはこういう人間なんだよ」という言葉に、

敬意や同感、親しみといった類の感情を抱いてくれました



だから今回、この元カレが

あたしの放つ言葉になんの感情も示さなかったことがとても辛かった


辛かったといったら嘘かな

ただこういう人もいるんだ、と初めて知った




あたしが書いた長い長いメールは、

あたしにとっては精一杯の真実で、精一杯の誠意であったのに、

彼には言い訳としか届かなかった





言葉とは なんと無情なのだろうとはじめて思った






自分の言葉が否定された気がした


あたしが言葉を発する度に、

まわりに「わかるよ」「いいね」「素敵だ」と誉められていたのに、

ここにきてはじめてあたしの言葉を否定された


あたしが書いたことの、意義、意味、深さ、全部伝わらなかった



別れないように、メールしたわけじゃないんだよ

ただ、人間として、理解されたかっただけなのに、

いままで他の人からはずっとずっと理解されてきたのに、

なんで、こんなに、こんなに、本気で、本当の気持ちだけを書いたのに、

なんで彼はあたしをわかってくれないの?



多分そこがきっかけ。


以来、言葉を発するのが少し怖くなった

億劫になった

悲しくなった

寂しくなった


そう思う。





昨日、とっても可愛い女の子と会った

今日、とっても可愛い男の子と会った

別に大した話してないのだけど

それでも、2日続けて人と話して、

久々にいろいろと言葉にした


だから今日のうちに書けることは書いてしまおうと思う


大学の面接を近日に控え、

ずっとずっと「面接でいうことを言葉にしなきゃ」と思いながらも、

言葉にするのを億劫がっていたのだけど、

その面接日が明々後日に迫った今、

言葉で自身を表現することを思い出します

いま、ここで。



どうぞ、お付き合い願います。