掌の大きな師匠

という言葉を思い付いたんだけど (二つ前の記事参照)

ここ一、二ヶ月は再び そう思う事がよくある

(4/9 螺子回し 5, 4/28 数学的世界観 1 参照)

このシリーズ タイトルは 南野陽子さんの リフトの下で逢いましょう の歌詞に由来してますが、

仕事やら趣味やら何かの道を極めようと思う時に手本となるものを追いかけて行く

そういうテーマについて考えていた

2017/10/3 あなたが描いた… 7 に書いたが、

自分が 修業し始めた頃に 手本として目指していた人

ヘラクレス的な存在 の方々 て徐々に引退 他界 して行ってしまったのですね

ですから そう言ったヘラクレス的な存在 直接会った事もないですが、ずっと背中を追いかけて来た存在

が 描いたシュプールの先にあるものを ある時期が夢想して それを自分で塗り替えていこう という目標があったんですね

しかし、 上述の 引用した記事で述べた様に

そうやって背中を追いかけていた人が描いた文献をもう一度読んでみると、未だ未だ 彼の掌の上で遊んでいたんだなぁという気分になるのです