2016年10月13日 Kitsch 1

などに、

「ウンベルト エーコが達観してる思うのは

美の歴史を書く時に それと対にして 醜の歴史 を書いた事だ

何かを語る時、それと対極するものを同時に見る事によって より浮き立って見えて来るのではないか?」

と書いた (この「極論の振幅」シリーズがそういう意図がある)

確かに 弛んだ弦は戻らない と言うのでね

常に、有り体な言い方で「高級」なものを見続ける事によってだけ、見える景色、そこから堕落したら見えなくなってしまう景色

はあるのかも知れないが、

まぁ、あの時も俺は書いたが、俺が挫折の多い人間だからだと思うが、しかし

挫折、屈折の向こう側に見える景色もあるのではないか?


続く