子供の頃 近所にあった寺では毎月決まった日に縁日が行われていてね

俺も通ったものだが、

極々たまに、見世物小屋 が来る事があった

俺は成人してから花園神社で見世物小屋に入った事はあるが、子供の頃は結局得体が知れないので中に入った事は無かった

中に入った同じクラスだった女の子はあれはお化け屋敷みたいなものだ と説明してくれた

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処で見世物小屋はお化け屋敷なのかな?

お化け屋敷 という言葉は広い

例えば 廃屋になっていて幽霊が出る と言われるタイプのもの (人工的でない幽霊屋敷)

アミューズメントパークにある ゴーストや妖怪が住んでいるという設定のアトラクション

再び アミューズメントパークにある ゴーストや妖怪という設定ではないが、サプライズを提供するアトラクション

しかし 三番目は そうすると、びっくりハウス や ミラーハウス は 入るのか?入らないのか?

となって来る

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話を明確にして行くには 線引きは重要だと思っている 何かの定義に従えば 此方の括りに入る 又別の定義を採用すれば 入らない という事は暫し起こる

例えば、数日前から問題視してるのは

人間椅子 は官能小説なのか?

そして

火星の運河 は(江戸川乱歩 怪談入門 にも収録されているが) 怪談、ホラー小説なのか?

少なくても、俺は怪談入門に掲載されていたエッセイを参照する迄 火星の運河 が ある種の恐怖を描きたかった事にさえ気付かなかった

(2017年8月9日 怖い話は何故怖い? 2 など参照)

なので、抽象的な形容詞をポンと貼り付けてしまう のではなくて、

その形容詞を使ってる人がどういう定義を採用しているか?はっきりさせて行く必要がある と思っている


そう言う事をして行くのが (話が)くどい と思う人と 逆にそうしない人が 疎い と思う人が居るんだなぁと思う

会話だったら 相手、状況に合わせるだろうけれども、ブログで発信して行く立場に於いては、話がくどくなったとしても(冗長なのは困るが) 繊細な線引きを明確にして行きたい!というスタンスを取る