自分自身は青年時代ぐらいまである種の事(本の収集の事)については

ユートピア願望

が凄く強かった気がする
(2017年3月10日 ユートピア願望 1, 2 参照)

ここで言ってるのは 例えば何かを全集で集めたい とかそう言う欲(コレクター靈)が強かったんだけれども

実際にそういう事をしてると

1. 買っても読みきれない 飾ってるだけになる

2. 軈て収納に限界が来る

という意味で 本来の本を読んでみたい という欲が 部屋に並べておけばいつか読む日が来るだろうとか、収納に限界がない というような都合のいい幻想に置き換わって行く辺りの心理をユートピア願望 と呼んでいた

段々とそういう事をもっと現実的に考えたら、

図書館というユートピアがあって、そこから読みたいものを借りてきて期限までに読んで返す とすれば 積ん読が解消されて実際に読み切れる本も増え、その中でも何度も読み返す本を手元に置いておく様に自分の中ではシフトして言った

又、究極の理想形を追い求める とそれは ゴダイゴのガンダーラの様になってしまうので、

究極の理想形など存在しない 何か理想形を思い描けたら きっとその先にもっと究極的なものが存在する ただ人間は有限の時間を生きているから 暫定的な目標設定として その都度 理想とする形を持っている と考える様になって その方が、気楽だし具体的にも形になって行く気がした

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そういう風に心境に変化が起きると 乱歩の パノラマ島奇譚 に対する読後感も変化して行く

そして、又 乱歩は自分よりもパワフルな人だったと思うので、俺がアップアップしてしまった上述の1. 2. の問題を問題視すらしないで済んだのだろう、と旧乱歩邸の土蔵を覗いた時、はたまた、怪人 江戸川乱歩のコレクション を眺めてその造詣深さ幅広さを垣間見た時に思った