エログロとグロエロは違う!
という指摘はよく受ける
それはドロケーとケードロの様に地域によって言い方が違う というレベルでなく、
エロチシズムとグロテスクな関係性の問題である
といった話を いわゆる耽美系のアーティストと言っていいのかな?(この辺の形容詞の使い方には注意が必要で ちょっとしたニュアンスが違うだけで、相手を猛烈にさせる事になる場合もある)
エログロ と グロエロ の違いについてある人から受けた説明については
2012年5月6日 囚われの美女 2
に簡単な説明がある がその後、俺は何度か
エログロ と グロエロ がどう違うのか?時々思い出して考えている
(2015年7月23日 エログロとグロエロ 3 参照)
上記の記事でグロエロ的作家の代表格は谷崎潤一郎だと書いたと思う
谷崎と江戸川乱歩は性質の異なる作家だと思う
何故こんな話になったか?と言うと
何個か前の記事 人間椅子 9
の中で、五感で感じ得るもののシフトする例えとして
乱歩の人間椅子 と 谷崎の美食倶楽部 を比較する様な事をしたのだけど、
それに対して まぁ一言で言えば、俺は乱歩(そして谷崎)を理解してないという趣旨のコメントを頂いたのだ
そこで自分なりにも考え直したのだけどもね
何が違うのか?と言うのの根本は
エログロとグロエロ の違いな気がして来たね
そう思うと、乱歩作品の中でも
例えば、特にこれから乱歩地獄のレビューとして芋虫や蟲と言う作品について語ろうと思うのだけれども、
この他に盲獣や孤島の鬼などの作品の話を乱歩ファンの人とした時に何か作品から受けた感想に喰い違いが生じる時があるのですね
まぁ人が小説を読んでどんな感想を持とうが勝手だろうけれども、
その喰い違いの根っこには その人が エログロ属性か?グロエロ属性か?の違いから生じてるのではないかな?
と思ってね
久し振りに エログロとグロエロの違いについて考えてみようと思う(もしかすると、こんな簡単に二分化出来る話ではない気がしていて もっと微妙なニュアンスを細かく言い分けて分類していく様な話に発展する様な予感もある)
