原作の人間椅子は触覚、聴覚、嗅覚の物語であったが

俺が人間椅子の名の下に演じようと思っていたマジックの現象はこんな感じだった

あくまでもカジュアルにリュックからピクニック用の折りたたみ式の椅子を取り出して、椅子を作り

背凭れに上着を引っ掛けると!

なんと上着の袖から手がにょきにょきと生えて来て

手振りで何かを物語るのだ!

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五感のうちの原作では取り扱われなかった

視覚と味覚を刺激するマジックにしたい!と思った

このマジック、視覚を刺激する事は可能だけれども、

味覚はどうしよう?

これは一つのテーマだった

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そう言えば、おしゃれイズムに千鳥さんが出演した時の事


代々木のエラン・ヴィタールの食レポをやってましたね

このお店は、谷崎潤一郎の小説 美食倶楽部 を体現するかの様な試みをしている
(このブログでも、谷崎の美食倶楽部については紹介しています

2016年7月3, 4日 美食倶楽部 1-3, 享楽 5, 6 など参照)

つまり食を五感で味わおう と言う試みですね

最近は視覚を遮断して味を楽しむ暗闇レストラン、引き算型の味わい方も増えているそうですが、

エラン・ヴィタール ではプロジェクション マッピングなどを使ったり テーブルが一つの食器となる、という足し算型?掛け算型?の演出でしょうか?

どうも従来の五感とは異なる感性で物事を愉しむ話となると 途端に官能的なと言う表現も用いられたりする

それはどうしてかな?そして本当にそうなのかな?と少し考えてみたのですが、

第一に 通常の感性と尺度を変えてしまう事で釈然としなくなる ノーマルではないので その意味ではアブノーマルというのかもしれませんが、ノーマルからどちらの方向に傾いてるのか、よく分からない と思うのですね

ノーマルでないものを 全て アブノーマル と一括りにしてしまうから、そういう漠然とした話になってる気はしますね

昔 アブノーマル チェック というアーケード ゲームがありましたが

(2011年1月22日 多数決 参照)


あのゲームは過去のプレイヤーのデーターを基にして、統計的に平均からどれだけズレているか?を測って診断結果を出していた

なので、アーケードゲームの置いてある場所によって結果が変わってくるのでした (俺はもっぱら、新宿、渋谷辺りのゲーセンでプレイした事あるが、山手線で三駅しか差はないが、それでも随分と結果は変わって来ていた)

アブノーマル性は習慣で規定されている事が多い

例えば、よく考えるとそれはマゾヒズムでないか?と思う事は日常に多々あって 例えばこのブログでも

運動会の組体操はかなりSかMでいったら、M属性だと書いた (2017年2月17日 呪術的組体操 2 参照)

もっと習慣などに捉われない、アブノーマルを測定する方法が必要だ

特に通常の五感の刺激を置換する様な操作に対する評価については…


人間椅子の話からは随分と話題が逸れたので、一旦終了