今月は「享楽」についても考える事が多かった
(4月8日 享楽 7, 8, 9 参照)

この記事では そういう考察を踏まえて

生業

という言葉と対にして考えてみたい

生業 は辞書で引くと

「生活や暮らしを立てる為の仕事」

と説明されている なので、享楽 は生業の外側にある感じもする そうすると、人生の余暇の部分を指してるのかな?

なので、余暇的な娯楽的な話になる筈なのですよね

例えば、旨い食べ物屋の話とか 趣味道楽の話とか

処が俺が享楽の話を書こうとすると、趣味道楽の話をしよう、とするのだけれどもその延長線上に

何だか とてもストイックな匂いが漂ってしまう

とよく指摘された

それは俺の屈折なのかもしれないし、ある種 一つの物事を極めて行こう というスタイルの人の間では そのぐらいストイックさは自然だよと賛同を受ける

よくそんな厳しい事を言ってて気力が持つね?という事もしばしば指摘される

多分エナジーをキーワードに話をする時はその辺の気力の持ち方が何に支えられているのか?これはある程度はっきりさせておかないと 初めの質問の回答には辿り着けない気がする

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そしてその時に考えるのは、享楽を余暇という生業の補集合として捉えるよりも、(勿論 そういう娯楽もあると思うが)

もっと生業をも包括する様なライフワーク的な位置付けにあるものが娯楽として、余暇としての娯楽と結び付いてる処があるのではないか?と思うのですね

だから、ブログを四月の初めに再開した時に

自分にとってある種の創作活動は生き方である、という様な捉え方をしないと説明がつかない

という様な事を言い出した訳ですね

更にモチヴェーションをキープするエナジーについても、そういう観点に立たないと

なかなか成果が出なかったとしても年単位で続けてやっと形になってくるというタイプの話ですから

何が原動力なのか?というのはそういうスタンスをはっきりさせないと説明出来ない(説明出来る事なのか?)と思いますね