「パイオニア」カルーセル麻紀(昭和17年/1942年生)の小学生時代から二十代前半までを、彼女と同じ釧路出身の直木賞作家が描いた小説。ちなみに私の父も昭和17年生まれだ。
 以前NHK朝ドラ「花子とアン」の原作本「アンのゆりかご」を記事にした時、私はこのブログでこうクサした。
「要は村岡花子という個性的な人物像をつかめていないし、つかむ気もない。育ちのいい孫のおばあちゃん自慢がこの本だと思う。素材が面白いだけに惜しい。村岡花子本人が60歳を過ぎたあたりで書けばよかったのかもしれない。女性の自伝エッセイでは女優・高峰秀子の「私の渡世日記」が傑作だが、あれと対等の面白さをもつ作品になりえたかもしれない。もしくはまったくの他人で、優れた小説家が想像力を充分に働かせて花子の内面、人物像に迫っていたら、はるかに面白いものになっていただろう。この本を読んで、作家にとって最も必要な才能は”緻密な想像力”だということがよくわかった」
 で、お手本のひとつがこの作品だと思う。多少フィクションも交えながら「女の心を持ちながら男の身体で生まれついた」主人公「秀男」の若年時代が綴られる(カルーセル麻紀の出生名は徹男)。

 しかしこの作品も本格的に面白くなるのは、やはり高校生の秀男が家出をして札幌のゲイバーで働くようになってから。前半、学校と家庭の拘束にあるうちはまどろっこしく、やや退屈だ。作品に必要なパートではあるが、もちっとテンポアップで進めてほしかった。その代わり後半は怒涛の展開。打って変わって忙しい。

 あと残念なのがタイトル。もっと内容が伝わる、印象的なものにして欲しかった。後半なんて特に面白いのに、タイトルからするとつまんなそうで、もったいない。実際の内容に対しても「緋の河」というタイトルにさほど強い関連はない。じゃあ代りにどんなのがいいかと言われれば、ぱっと思いつかないが。下品にならずインパクトがあって内容にピッタリなもの。難しいな。秀男に一貫しているのは、美しくあること、そして何より本来の自分を偽らないこと。そのために闘い抜き、身を守るための知恵をつける。姉の章子とは幼い頃から仲がいいが、何かにつけて優等生の優しい姉が周囲の期待に応えようと自分を偽り、犠牲になることをよしとする生き方に反感を抱いている。「この世にないものになる」といったくだりも繰り返し出てくる。この辺をうまく反映したいいタイトルないかな。とにかく秀男は信念の塊なのだ。

 ネタバレになるが。物語も後半を過ぎて、秀男は母と姉に正式にカミングアウトする。むろんとっくにバレているのだが、その際母が秀男は存在さえ知らない母の弟(つまり秀男の叔父)の写真を見せる。若い時にいいお見合い話を持ちかけられたのち自殺したという。遺書などはなかったが、母曰く、おそらく女性と結婚させられることに耐えられなかったのだろうと。私も友人から似たような話を聞いたことがある。ある男性(女装等はしてないゲイ。口調もノンケと同じ)が家族にカミングアウトしたら、その場にいない叔母も実はレズビアンだと母親から告白されたそうだ。こちらはカミングアウト後も家族仲良く暮らしていそうだが、今でもゲイというマイノリティに生まれついて生き苦しさを味わっている人は大勢いるだろうし、死をも選んだ人は一昔前にはたくさんいただろう。美輪さんもそう言うエピソードを昔話していた。美輪さんやカルーセルみたいになりふり構わず自信に満ちて、自分を武器に生き抜く強い人ばかりではない。

 ネタバレついでに、ラストの帰省のシーンはよかった。家族それぞれの反応の違いがドライにリアルに描かれ、印象的な出色のシーンだ。

 ちなみにMX「5時に夢中」より得た情報によると、カルーセル麻紀は自身の人生がドラマ化されるなら主演は土屋アンナがいいそうで、どこまで本気か土屋本人も了解済みだとか。池畑慎之介(ピーター)に同じ質問をしたところ、とっさの回答は剛力彩芽だった。

(新潮文庫950円)

 

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9/27tue 7/8に銃撃され亡くなった安倍晋三元首相の国葬が日本武道館で行われる。