2018年の大ヒット映画。ロックバンド、クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーを主人公にした伝記的映画。

 オーソドックスによい作品。大ヒットした映画をどんなもんかと思って見れば、とりあえず見て損したとは思わないような出来。テンポの速い展開で巧く構成した。こういう映画って変に冗長になったり感傷的になったりスカスカになったりするもんだけど、あらゆるシーンでついてまわるそのリスクを及第点でクリア。すんごい刺さる感動とか画期的とかそういうんじゃないんだけど、肯定的な意味で「普通」。作り手として優等生というか。クイーンは、フレディはかっこいいんだ、という結論で終わったのもよかった。

 この作品で主演のラミ・マレックはオスカーを獲得したけど、あたしは途中何度もミック・ジャガーに見えちゃって、あれ、これ、ローリングストーンズの話だっけ?みたいな。あたしにとってフレディといえばオールバックにヒゲ、ピチピチの白タンクトップ。そのせいもあり、それ以前のフレディ演じるラミは時にはマイケル・ジャクソンにも見えた。ラミがフレディそっくりということはないが、映画の配役としてはまったく問題はない。1963年生まれの夫からすると、あたしの知ってるフレディのイメージは「それってけっこう最後のほうだよ」らしい。ただ夫が洋楽に詳しいということはない。

 1970年生まれの私だが、この映画は1970年からスタートする。私にとってリアルタイムのクイーンの思い出は「I want to break free」「RADIO GAGA」。ちょうど洋楽にハマっている中学生の頃だった。この2曲が当時特に好きということはなかったが、「ベストヒットUSA」的ヒットチャートで何度も流れて普通に覚えていた。でもフレディの出自とかミュージックビデオがアメリカで物議を醸していたとか全然知らなかった。なんちゅーか、この映画を見てあたしと同時代を生きた人/バンドだと改めて感じ入った。最後のライブエイドのシーンで「RADIO GAGA」をみんなで合唱するところはあたしも歌えちゃって、おばはんひとり家で歌いながら落涙。もうフレディより長生きしてしまった。

 WOWOWでこの映画を放送した同じ頃、夫が予約した山下拓郎、甲斐バンドのコンサートの録画が溜まっていた。22日の即位礼正殿の儀の祝日は荒天で、ヒマに任せてこの映画含めて一気にみるハメに。映画含めたコンサート映像にちょっと食傷。まあ、おかげでクイーン(フレディ)の才能は改めて突出してると確認した次第だ(夫には悪いが)。吉田拓郎、甲斐バンドが悪いわけもなく、めぐりあわせの悪さだ。普段コンサート映像(シーン)なんてほとんど見ないのに、この日に限って半日それ。でも言い換えれば、突出した才能につきまとう深い孤独も改めて実感した。吉田拓郎や甲斐よしひろも充分売れっ子だが、クイーン(等々)には敵わない。彼らは音楽活動をしながらどんなに売れてもそういうミュージシャンには届かないのを実感していただろうし、それが彼らを謙虚にしたり、自分の音楽のあるべき姿(範囲)を定めたり修正したりする指標になっただろう。先を行く人がいるというのは実はかなり幸せだし、頂点の孤独は測り知れない。マイケル・ジャクソンとかね。
 アマゾンミュージック普段使っているが、クイーンの名曲は多々あれど、結局前出の二曲を追加。RADIO GAGAに至ってはそのライブエイド時の録音で、聴いててほんと泣けてくる。10代の頃に聴いた曲って沁み方がやっぱり違う。特にクイーンのファンではなかったのに。台風19号の安全確認のため、学生時代の友人たち10人強とグループラインで連絡をとりあった。みな実家含め無事だったが、話は流れてそのうち私を含めた四人がすでにこの映画を見ており、ひとりはもうすぐ見るとなっていた。今年26歳になる夫の甥は学生時代バンドをしていたが、この映画を去年映画館で観て、サントラを車で聴いていた。まわりのひとがこんなに多く見た映画は近年ない。ジムに行ったらご常連仲間の女性も旦那さんと一緒に映画館で見ていた。

★今週の出来事★

10/31 沖縄首里城が火災。正殿北殿他全焼。これはショック。沖縄県民でもないが、訪れているだけに泣けてくる。首里城探訪の記事はコチラ