安田顕主演で同タイトルがNHKでドラマ化されたのをみたら悪くなかったので、原作を読んでみることにした。私はゲームとしての将棋には疎いが、将棋界には興味がある。羽生九段と同い年だしね。
「いまだに心の病気と言われている。うつ病は完全に脳の病気なのに」
著者の先崎氏の兄である精神科医は言う。先崎学氏は一流棋士である九段だ。先崎氏も羽生氏や私とも同じ1970年生まれ。「将棋ソフト不正使用問題」で揺れる将棋協会の広報を担当するのと同時に、将棋映画「三月のライオン」の監修でストレス過多と多忙にあえいでいた。そんな先崎氏の日常は47歳の誕生日を境にうつ病によって一変する。突然急降下する容体。いずれの案件も将棋界のイメージ改善のために奮闘していた先崎氏だが、闘病中、藤井四段の登場によって彼の意図とは関係なく一気に達成される。盛り上がる将棋界をよそに闘病、一年後に復帰するまでの自らを描く。
当初は自らの意思に関係なく将棋のことを考えることすらできなくなっていた。徐々に回復して初心者向けの五手詰めの詰将棋に手を出すが、それすら解けなくなっている。さらに回復して病院の看護師の中にいたアマ初段と双方ハンデなしで一局指してみることにする。アマチュアと指すときにプロはほとんど頭を使わないはずなのに、好手に一喜一憂してしまうどころか、なかなか決め手がみつけられず、相手と互角になってしまっている。「一万回指しても負けるわけがない相手に苦戦している」。退院後、自宅で療養中に見舞いに来てくれたプロ棋士に将棋界の現状について話を聞く。
「三か月くらい将棋から離れていても、そんなに戦術が変わらないのが私の知る将棋界だった。せいぜい新しい手が二つ三つ出るくらいのものなはずだと思っていた。だが、この三か月は(藤井四段の登場によって?)革命といってもよいくらいに根本のところが変化したのだ」
良くなったり悪くなったりする波を乗り越えながら、全体としては回復に向かっていき、やがて一流棋士たちとリハビリ的に対局ができるようになるまでに快復する。
「相手がお世話になった先輩”だからこそ”一所懸命に指し、その人間が病気なら”なおさら”頑張るのがこの業界の礼節なのだ」
文章は簡潔で読みやすい。さすが一流棋士というべきか、自身に起こったことに対して客観的だ。文章そのものに鬱々、めそめそ、ベタベタしたところがない。「読んでるこっちも暗くなる」といった文章とは遠い。「うつ病」のあるひとつのパターンを理解するための書籍としてはひとに薦められる一冊だ。ただネット上の一般読者の書評に「本当にこの人はうつ病だったのか。うつ病とは寛解するものであって、”治る”ものではないのではないか」というコメントがあったが、そう思うのもよくわかる。要はひとくちに「うつ病」といってもその様態は本当に様々だということなんだろうか。私が読んだ中だと、マンガの「ツレがうつになりまして。」が最も「よくある」感じ、「うつ病ってこういうものだよな」と思えた。先崎氏のパターンはナイナイの岡村を思い出した。うつ病にも慢性型と急性型があって、先崎氏や岡村は後者だったんだろうか。
うつ病になるのは「性格が真面目」、一部の自殺者に対して「真面目で誠実なひとにいま日本は生きにくい」というようなかたちで「擁護/肯定」する意見に私は反対するし、嫌悪する。ただ精神科医である先崎氏の兄は言う。
「うつ病患者というのは、本当に簡単に死んでしまうんだ。それはよくわかるだろ」
先崎医師は同時に、死にさえしなければ、いずれ必ず治るものだともいう。先崎氏は発病当初もっとも重篤な状態になった。
「電車に乗るのが怖いのではなく、ホームに立つのが怖かったのだ。なにせ毎日何十回も電車に飛び込むイメージが頭の中を駆け巡っているのである。(中略)死に向かって一歩踏み出すハードルが極端に低いのだ」
「(発病した当初の)七月のようにホームから飛び込むイメージは(入院後しばらくすると)すでになかった。まったく不思議だが、極悪期の前半と後半では死に対しての距離が違うのだ」
「死にたい、と思うのもうつ病の典型的な症状である。だがこれにもいろいろあって、発症直後は、脳が肉体を消したがっているという感じだった。そこには理屈などない。(中略)胃の病気になった患者が吐きそうになったり、肺の病気になった患者が咳が出るのと本質的に一緒なのである。だが、少し元気になったころだと、現実が見えてきて、失ったものにおののき、これから失うであろうものの大きさを悲観的に考えて、死を選ぶということが多いのではないだろうか。そこにはあるいは社会の偏見も要素としてあるのかもしれない。また医者によると、回復期に自殺しようとするのは、実行するだけの気力があるからだという」
一貫して自分のうつを観察した内容で、著者として非常に好感が持てるスタンスだ。奥さんや家族についてはさほど多くの筆を割いていないが、急にこんな風になってしまった夫(しかも少し前まで一流棋士として活躍していた)を日々つきつけられるのは生半可なことではなく、強い覚悟を持って事態に処し、本人のみならず家族にとっても日々先の見えない闘いであったであろうことが察せられる。エッセイ風で脚本にしやすい内容ではないが、ドラマは原作を上手に手堅く脚本にしていた(脚本は小松與志子さん)。
私が「水曜どうでしょう」を見始めたのは2000年過ぎの30代半ばごろだった気がする。概ね全部見た。そのころからのヤスケンの出世ぶりというか、役者としての成長ぶりには驚かされる。あの頃は大泉に比べればずいぶんキャラが薄く(大泉が安田を大好きなのは「どうでしょう」を見ていると伝わるが)、いまいち売れない役者によくいそうな二枚目半くらいだった気がする。それが今やしっかり主演もワキも張れる、充分な実力と存在感を備えた俳優になった。CMもいくつもやってる。そんなヤスケンを見るたびに、いい歳の取り方をしたなあ、とつくづく思う。若い時からそこそこイケメンだったから、逆にずっと役者としてはイマイチ、ってなりそうなタイプだったのに。このドラマでも、その実力を十二分に発揮していた。
(文春文庫 600円)
★「ガキの使い」年末SPについて★
今回の「笑ってはいけない」では過去を振り返っていたが、私的に面白くていまだに印象に残っている有名人ゲストを以下に記す。今回出してほしかったのに出てこなかった。
1.前田美波里(自動車事故で首が鞭打ち?になってコルセットをつけている古参のOL役)
2.松下由樹(ドッキリを仕掛けられて自ら再現再生をする女優)
3.マツコ・デラックス(初めて?出た回。モテOLに扮し、同僚OL二人から「デラックス、モテすぎ~」)
思うんだけど、いわゆる「大物ゲスト」ってチラっと使うほうが面白い。今回も菅野美穂とか松平健とかこれまでも大勢いたけど、長くて飽きるケース多々。
※同じく棋士を扱ったノンフィクション。主人公・村山聖氏は1969年生まれ。羽生氏も登場。
