今回のネタは夫の叔母の逝去に関してなので書くのを迷ったが、書いちゃおうと思う。
 義母は六人きょうだいで、私が結婚した時点で四人だった。その後2019年6月末にアメリカ在住の姉が亡くなり、2020年の元日、隣に住む弟が亡くなって、そしてこの5月のGWに千葉に住む妹が亡くなった。
 一人残った実妹の訃報を知らせる義母の口調はさすがに気落ちしていた。義母は90歳になったばかりだ。
「あたしもお葬式は行くのよそうと思って。もうそんな元気もない」
 信州に住む義母はコロナへの恐怖も重なって首都圏に来る気力は完全に失せているようだった。代わりにというか、近所に住む義姉(叔母にとっては姪)夫婦が日帰りで車で駆けつけた。亡くなった叔母も高齢と病気を理由に正月の叔父の葬儀には参加しなかった。アメリカにいる親戚(叔母から見たら姪の娘)に叔母の訃報を知らせたところ、彼女の周囲でも高齢、フレイル、認知症を理由に自身のきょうだいの葬儀に参加できない高齢者が続出とのことだった。当然だが世界共通の事象だ。

 亡くなった叔母には数回会ったことがある。叔母は若年のうちから病弱だったそうで、詳しくは知らないが呼吸器疾患(結核?)を長く患っていた。そんな叔母は悪いひとではないが、「体調悪いアピール」がものすごい。ドラマ等にありがちな、なるべくポジティブなことを口にして日々を前向きに向き合う、とは逆。人生と体調についてとにかくネガティブなことを言い続けた。しかしこれって、一周回って叔母なりのポジティブなあり方ではないかとすら思えた。無理にポジティブになるほうが時としてつらいし、「利口な」やり方ではない場合もあるだろう。
「叔母さんは、もうすぐ死ぬ、と30年言い続けている」と夫。
 叔母が体調の悪さを誇張しているなどという気は毛頭ない。病院に長く通い、数日入院することも珍しくなかったようだ。とにかく絶えず調子が悪いことを口にしていたが、しかしその口調には「今にも消え入りそうなか弱さ」というよりは「体調不良と相対する力強さ」を私は感じていた。本当に死にそうな人はそんなことを言う気力もないだろう。「近いうちに死ぬだろう」と言い続けたのは疾病ある叔母にとっての「ワッショイ!」だったのかもしれない。
「毎晩夜布団に入るとき、朝起きて死んでいたらどんなにいいかと毎回思う」
 もはや確立されたネガティブ系芸風。そう言う叔母を私は申し訳ないがそう思っていた。そんな叔母に配偶者である叔父は「俺がみとってやるから安心しろ」と声をかけていた。なんて優しい旦那様、と私は思った。
 そして叔母は望み通りの亡くなり方をした。
 朝になったら隣の布団の中で亡くなっているのを叔父が発見した。こういった場合いちおう不審死扱いになるそうで、形式的ながら検死の結果、急性心筋梗塞との診断が下された。おそらくさほど苦しまずに天に召されただろう。亡くなる数日前に義姉が電話で話したそうだし、義理の妹(正月に亡くなった叔父の配偶者)が亡くなる前日に電話で話したそうだが、その時は「元気」だったそうだ。叔母本人の辞書に「元気」の二文字はないと思うが。こんなことばっかし言ってると、バチがあたりそう、あたし。
 私は有言実行というか、望み通りの死に方をした叔母に感服したというか、よかったね、と正直思った。「もう死ぬ」と長年いいながら要介護になることも大手術をすることもなく80歳半ば過ぎ、90歳近くまで生き、自宅の布団で亡くなって叔父に送ってもらえる叔母は幸せだよな。
 叔母の逝去から一週間後の5月13日。雨降る涼しい日だった。叔母とほぼ同い年の叔父はさすがに気落ちし、数年前に会った時と比べて格段に老け込み、弱体化して見えた。還暦の息子が寄り添っていた。この叔父の姿は、よく叔父の面倒をみていた叔母にも心残りだろう。すべてがうまく、というわけにもいかず、難儀だ。子供のいない私の人生の終わりを思えば、叔父以上の難儀の可能性も充分ある。
 火葬される前の叔母の棺には未開封の「飲むと血糖値が下がるサプリメント」が入っていた。亡くなったあとまでそれかよ、と笑いそうになった。叔母さんらしいといえばらしい。
 叔母の葬儀に参列して気づいたが、コロナ以来化粧をするのはこれが初めてだった。マスクの下に口紅塗らない云々的な問題に初めて直面した。結婚以来普段から年に数回しか化粧をしない生活になってしまったが、コロナ禍により一年以上化粧をしていない。久しぶりに道具を出して、アイメーク関連の色物を具体的にどういう具合で使っていたのか、すっかり忘れてしまっている自分に気づいた。


 そして三日後の日曜日、長野市出身・在住である、大学時代の友人のお父さんの訃報がLINEで来た。90歳手前というお年ではあったが全くお元気だったのが、誤嚥性肺炎でとのこと。私が学生時代、当のお父さんに会ったことがあり、夫の実家が上田市という長野県民つながりで、今回は友人代表として弔電を手配するのに手を挙げた。威勢よく名乗り出たのはいいが、その10人程度のグループラインで弔電を打ったことがないのがあたしくらいだということが判明した。夫も、「その歳(50歳)で弔電のひとつも打ったことないのかよ」。年甲斐もない。それはその通りだが、人生いつでも勉強。世の中「させていただく」という表現が濫用されていて日ごろからイライラしている私だが、今回ばかりは「させていただく」だ。しかし当然のように?喪主の名前を確認する必要があることすら知らず、察した友達が確認して教えてくれた。喪主は友人の兄だった。他の友人たちからもアドバイスをもらい、ほんとうに皆さんの助けを借りて成長させていただいております。マジで。
 焼き場が混んでいて命日から葬儀まで間がある都市部と違い、地方は早い。翌日月曜日、今日のうちに弔電の段取りを整えないと、ちゃんとできるかしら、と午前中に予約した歯医者に行った後バス停でソワソワしていたら、高校時代の友人からお父さんが亡くなったとのLINEが来た。なんなんだ。こちらは身内で既に葬儀等を終えていて、事後報告になってしまったが、とのことだった。年齢的にこういったことが起こっておかしくないが、短期間にこうも続くとは。


★今週の慶弔★
5/18 4/3に田村正和氏(77)が亡くなっていたことが公表された。高校時代の友人の父も「この春に」と言っていたので、同じころだったのかもしれない。私にとってはなんといっても「古畑任三郎」。何回繰り返してみたかわからない。特に好きな回は、明石家さんま、加藤春子、草刈正雄、市川染五郎、唐沢寿明あたりの回だ。
5/19 新垣結衣&星野源結婚発表。
 

※叔父(義母の弟)の逝去についてはコチラ↓


※叔母の葬儀がこの時買った喪服のデビューに。