淀殿懐妊の知らせに秀吉は激怒した。

「それはめでたい。自分の乳でその子を育てるがよい」

 高貴な女性は授乳などせず、乳母がその役割を担うのが普通だ。しかし茶々はひるまなかった。我が子を抱いて乳房を出し、乳を与えた。するとこの世のものとは思えぬ幸福感に満たされた。我が子とはここまで愛らしいものだったのか? どうして鶴松の時にも同じようにしなかったのか。もはや跡継ぎ問題などどうでもいい。この子の健やかな成長さえあれば他には何もいらない。一生懸命乳を吸うわが子を抱き、茶々はこれまでの人生に経験のない性質の愛に身の内が満たされた。

 そんな茶々の変化を察してか、秀吉は再度足しげく茶々のもとへ通った。しかし後継者が秀次であるという指針は変えなかった。

「案ずるな。秀頼が一人前になるまでの中継ぎじゃ。秀次も重々承知しておる」

 そんな話には何の説得力もなかった。秀吉亡き後となれば秀次はいかようにもできる。自分と秀頼にどんな過酷な仕打ちが待っているとも知れない。

「殿は自分が亡きあと、私と秀頼がどうなってもかまわないのです」
 茶々はそうむせび泣き、秀吉の腕から秀頼を奪うと奥の部屋へ下がっていった。こんなことが毎日のように繰り返された。