その時はやがて来た。茶々から「あの時の話はどうなったのか」とせっついたのだから思い通りになったのだ。だが茶々はその時を恐れた。月のものの日数は大蔵卿から薬師に伝えられ、「儀式」は三夜続くこととなった。
「案じなさいますな。母上殿の魂がきっとお守りくださいます。お市の方様にとっても姫様が天下人を身ごもるとなれば望外のこと」

 暗闇に蠟燭が灯る中、茶々は「儀式」に臨んだ。茶々は丁重に扱われ、初めて若い男の肌と肉体に接した。秀吉と同衾するときには老いさらばえた秀吉の様子に鼻白み、自分の若さと美貌に酔ったものだが、それとは全く異なる世界がそこにはあった。茶々は征服される快感を初めて知った。儀式の三夜は茶々にとって自分の中の見知らぬ「おんな」を感じる体験であった。
 やがて茶々は懐妊した。「儀式」に関わった者たちが粛清されたのを大蔵卿は聞き及んだが、茶々に伝えることはなかった。

 続いて茶々懐妊が秀吉の子でないと揶揄する落書きが洛中になされた。秀吉は門番の武士たちの手落ちとして計100人以上の耳や鼻をそぎ落とし磔刑にするという凄惨な処罰を行った。茶々はおののくと同時に徐々に不感症にもなっていった。庶民が殺されたとて何であろう? 自分には世継を生み育てるという役割があるのみ。そんなことを考えながら自分の大きくなるお腹をみていると、三夜の「快感」も他人事のように遠く思えた。

 

 寧々は優しく寛容であった弟秀長を亡くし、望外の世継を得て、もはや秀吉が自分の手に負えぬところへ行ったのを悟った。生前弟秀長は己の凡庸さを恥じ、兄の決断力、洞察力、度量の大きさを折りにつけ褒めたたえていた。しかし秀長の存在にこそ秀吉は己の明るさ、寛容さを見出していたのを寧々は知っていた。寧々は想像以上に秀吉が深い闇に落ち込んだのを知り、己の無力さを嘆いた。己の明るさ、軽さを秀長の中に見出していた秀吉はこれから何を頼りに深い闇から逃れればよいのだろうか。