お笑い芸人のオードリー若林が雑誌「ダ・ヴィンチ」にしていた連載を加筆訂正したもの。私の買った文庫本は「完全版」となっている。令和3年3月でなんと39刷だ。
 近頃文章家としても評価されているらしい若林。私はアマゾンプライムで「内村さまぁ~ず」を見ているが、オードリー出演の回はおおむねこの本のタイトルを主旨としていた(#80「若林の悩みを是が非でも今すぐに解決したい男たち」2010年2月配信)。連載は2010年8月から2013年3月で配信日とかなり近い。というわけで再度#80を見返してみたらオーラスで、

大竹「(若林はこのネタで)本書いたらいいんじゃないの?」

三村「(タイトルは)”芸能界は大変だ”」
 と笑っていた。これを見てダ・ヴィンチ編集者が若林に仕事の依頼をしたんじゃないかという想像は容易にできる。
 仮にこの想像が真実だったとしたら、編集者は期待以上の作品を得たのではないか。「内さま」で取り上げたネタを掘り下げた内容になっている。人見知り等全て彼の現実だが、そんな自身に対する分析、距離感はさすがお笑い芸人といったところだ。具体的なエピソードの切り取り方が巧いし、笑いと真面目の配分もいい(全体としては真面目寄り)。「内さま」でロクに漢字も書けてなかったが、やはり純文学を中心とする読書好きらしさがきちんと伺えるエッセイになった。「売れない若手芸人」という長きに渡ってモヤモヤを抱えた青年の素直な成長の記録で、読後感は清々しい。自虐ネタなどと言えば安易に響くが、過去の自分の未熟さを正面から見つめてエンタテイメントの土俵に上げるって、かなりの胆力を要する。若林はそれをこの本の中で実直に続けている。
「ネガディブをつぶすのはポジティブではない。没頭だ」
「ぼくらのような人間はネガティブで考えすぎな性格のまま楽しく生きられるようにならなくちゃいけない(中略)(性格を)変えるんじゃなくて、コントロールできるようになればいい。一人でいる暇な時に限ってネガティブの穴にハマることが多い(中略)心は荒れてるかもしれないけど(実際は)”何も”起きていないんですよ。だから、大丈夫なんですよ」
 自分を持て余しがちな若い世代には特に響くかもしれない箇所もいくつかある。でも同時に彼は「本一冊で(人生や人間が)変わるほど甘くはないよ。(中略 本は)杖やビート板(といった世の中を渡っていくための助け)のような役割を果たすことはあるけど」とも言っている。
「ぼくのようなクズは目上の人を尊敬することで挨拶が出来るようになったんじゃなくて、社会って挨拶を丁寧にすると好感がもたれるんだろ? ビールを注ぎゃあ簡単に気持ちよくなるんだろ? って完全に見下してからキチっと挨拶できるようになったり、ビールが注げるようになったクズなんですよ。でも、そんな入り口からじゃないと進めないような人間もいるんですよ」
 オードリーは生き残ったが、若林は辞めていった先輩・後輩芸人を数知れず見ていて、自分もそのひとりになるとかつては思っていたし、現在それなりの日の目を見ている芸人がいかに「奇跡/少数派」なのかもつくづく眺めてきただろう。オードリーは2008年のM1で敗者復活から準優勝に輝き(私もオンタイムで見た。優勝はNONSTYLE)、そこから人生の潮目が文字通り一変した。
 「人間関係不得意」を強力に掲げるハガキ職人の男の子のエピソードや、売れてないときからずっと幸せで自信に満ち、というわけで?努力もしない相方・春日について書いた文章も興味深く読めた。春日が面白いことを言うわけではないのは既に認知容認されているが、「しろ」と指示されたことに対して(特に肉体的努力)は自らの限界を顧みず人並外れた努力をすることについても知られている。コンビって面白いというか、上手くできているというか。この積極的な才能はないけど、指示されたことなら十二分の努力をするで思い出すのは他に爆笑問題田中がいる。春日も田中もやっぱりすごいと思う。非凡のかたちも色々ある。爆笑問題太田は才能のある人間によくあるタイプのひとつに属すると思うが、田中のほうがずっと「変わり者」。捉えにくいタイプの非凡さだ。
 Amazonプライムビデオが見られる方は「内村さまぁ~ず」の#80を見てみてください。この回が楽しめなかったらこのエッセイも合わないかな。あと又吉の本もそうだけど、若林本人に多少興味があることはこの本を楽しむに必須だと思う。
(角川文庫 640円)

 

AmazonPrimeVideo「内村さまぁ~ず シーズン0」
※このシーズン0が219本もエピソードがあるので、その中の#80をチェックしてみてください。


※このエッセイの続編的作品。