※ちょいちょいネタバレあり

 2019年映画界最大の話題作といっていいこの韓国映画を見てみた。

 環境劣悪な半地下に住むキム一家四人は全員失業中。長男長女とも浪人生。一家総出の内職でなんとか食いついないでいる。四度も受験に失敗している長男に有名大学に通う友人が家庭教師のバイトを持ちかける。「警備員ひとりの募集に500人の大卒が群がるこの時代」。家庭教師先は大豪邸に住むパク一家。長男が高報酬でパク家長女の英語の家庭教師として雇われたのをきっかけに、キム家長女は幼いパク家長男の美術の家庭教師、父親はパク社長の運転手、母親は家政婦として、互いに家族であることはもちろん、全員経歴を偽ってパク一家に仕事を得る。

 最近新作映画を見ても中途挫折か完走してもイマイチ(ex「フォードVSフェラーリ)と繰り返し書いている私。この映画もあらすじを読む限り、あたしの苦手そうな臭いがプンプンしていた。ポン・ジュノ監督は私が若いときから評価が高いが、どの作品も情報を得るにつけ「あたしはみないほうがいい」と思わせるものばかりだった。今回もネットで評判を見ると「気持ちが悪い」「後味が悪い」「格差社会という重いテーマ」といったコメントが続々。あたしが苦手とするテイストを彷彿とさせ、かなり怖気づいていた。しかしカンヌ&オスカーのW受賞、しかもオスカーは英語以外の映画で作品賞受賞。周囲で実際見た人間についていうなら、「よくできたエンタメで面白いよ。あたしは平気」というひとばかり。どっちのコメントがあたしにとっての真実なのか。というわけで恐る恐る見てみた。
 他の記事でも書いているが、私は貧乏な話はOKでも貧乏ったらしいのは大嫌い。この映画の主人公キム一家、ここまで貧乏だと不遇を呪って家族仲がトゲトゲしくなるのが常套描写の気もするが、一家は仲が良く、生命力があり(貧乏人が主役の場合コレ重要)、ほのぼの感すらある。作品通してゲラゲラ笑えはしないが(って北朝鮮ギャグは笑ったが)、随所で見てるこっちが口元をゆがめて笑ってしまう。そんな話でありながら音楽の使い方とカメラは洗練されている。乗っ取られる金持ち一家は夫婦共々いい歳して世間知らずで隙だらけ。ほんとにあのパク社長は一代でIT社長として花開いた時代の出世頭なの? 安々とキム一家の計略に次々とひっかかる。知り合って間もない人たち(キム一家)の言うことを次々鵜呑みにして見ず知らずのひとを家に入れるかね? 韓国でも問題視されてる「勝ち組」とかってこのくらい世の中を知らないっていうカリカチュアなんだろうか? 好意的に解釈するなら、奥様は根っからの世間知らずで不用心、世の中に関心がない分ひとを容易にすぐ信じる。旦那は忙しすぎて仕事以外のことに気を払う余裕がない、ってあたりか。でも設定にはそこまでリアリティないのよね。

 「フォードvsフェラーリ」は結局どうなるんだろうと思って最後まで見て本当にガッカリしたが(同じ年のオスカーにノミネート)、こっちは脚本が巧い。特に中盤以降。予測不能とはこのことだ。好き嫌いは別にして、ちょっとないほど作品に迫力がある。ブラックコメディ、サスペンス、ホラー、バイオレンスがその構成要素で、あとの二つは終盤だ。私は前の二つはそれなりにOKだが、あとの二つが基本OUT。というわけで終盤は怖かった~! 家でみたからいいようなものの、映画館の暗がりだったらラストはスクリーンを直視していない。この監督、本質的に悪趣味なんだと思う。洗練された悪趣味。二時間以上あって長いし、終盤はバイオレンスホラーだし、映画館で見たら長いのと合わさってヘトヘトになり、「みなきゃよかった」パターンだったと思う。でも「フォードVSフェラーリ」みたいに、作品がしょうもないからみなきゃよかった、っていうのとは違うけど。結局「フォードVSフェラーリ」は脚本家に「これを描きたい」という想いはなく、単なる受注をこなした感じだと思うが、こっちはハチャメチャながら入魂の一作だ。
 なお「気持ちが悪い」「後味が悪い」「格差社会という重いテーマ」だが、基本合ってるんだけど、よくある感じのありふれたそれらとは感触が違う。好きな映画とは到底言えないが、一見の価値ありといっていいのか。後味よくはないが、ハッピーエンドとはいえないまでも、よくある感じのバッドエンドとも言い切れない。「格差社会」についても基本的にはエンタテイメントの構造として使われている感じで、「そういう社会のひずみ、重い現実が見ているほうに重くのしかかる」というのとは違う印象を私は受けた。問題提起、喚起という一面もあるにせよ、基本的にはエンタテイメント映画なんだと思う。
 長い映画なので三分割でみたが、終盤を午前中にみたのはよかった。あたしの場合、あのラストを一人夜寝る前に見るのは睡眠に悪影響間違いなしだ。あたしが生涯用心深く回避し続けている「バイオレンスホラー」を見るハメに。昔妹に騙されてキューブリックの「シャイニング」を見たことを思い出した。あれも美意識高い作品だけど結局ホラーだった。ちょっと似通うところあるかもな。美意識高くグロテスクっていう。
 それにしても、あの地下室にいるより刑務所にいるほうが衛生面でも食事の面でもはるかにマシのような。あれで死刑にはならなそうだし、息子が金持ちになるのを待つより現実的で早いような。でもあの作品の世界観に即していうなら、夫婦の怨念というか想念に憑りつかれた結果とか? そりゃ考えすぎか? でもあの男は地下にずっと住みたがっていたし、そう考えると発作的に社長を殺ったのは、臭いの件があるとはいえ(臭いも結局あの男をクサがってたわけだし)あの男の妄執とか怨念にあのお父さんが憑かれた結果と言えないこともない気が。呼び込みやすい状態にあったというか。深読みしすぎって感じかもしれんが、そう無理はないでしょ? あのお父さんはもともと自分と似たような境遇にある社会的弱者・敗者への共感が高かった。最終的にあの男に「共鳴」したのだ。
 作品の熱量がすごいのは韓国映画ならではか。エンタメ重視で多少の破綻は「ケンチャナヨ」なのが韓国エンタメ。金持ち一家が次々よく知らない人間を家に入れるのも不思議なら、宴会を始めた貧乏一家のところに急に金持ち一家が戻ってきたときも全然気づかなかった。あれだけ派手に飲み食いしてたら絶対臭うと思うんだけど。8分で痕跡を跡形もなく片付けるのもほぼ不可能。問題提起に重きを置いた作品にあるべきリアリティをあまり重視していない。描写にはリアリティがあるので作品としての迫力はあるが、設定と展開にはリアリティがない。
 日本の配給会社がつける外国映画の副題ってビミョーなことが多いけど(ex「フォレスト・ガンプ 一期一会」)、この「半地下の家族」は巧い。半地下の家族の話か、と思わせて、さらに地下があったっていうね。「パラサイト」だけだとSFっぽい話かなあ、と思うけど、この副題で内容が伝わる上にちょっとした伏線にもなる。