夫がまたしても転職することになった。この年齢でよく転職できると感心するが、本題はそんなことではない。夫は有給消化のため一か月近くまるまる休暇となった。
このロングバケーションをどう過ごしたか。まずは双方の実家に「親孝行」に行き、双方で親の老いをまざまざと実感した。87歳になる義母については正直老いがより深まった印象は私はさほど感じなかったが、70代半ばになるうちの両親の老化は顕著だった。劇的というか。マジじいさんばあさん。実の親だからより強く実感するだけなんだろうか。それ以外は二人でゴルフをしたりして過ごした。
こうして夫婦ふたりずっと一緒にいたわけだが、案の定つまらないことで頻繁に口論になった。たいていは私の言った「感想」を「文句」と捕えた夫が声を荒立て、それに対して私が「なんでそんなつまらないことで突っかかってくるんだ」とおもむろに険悪なムードになっていくパターンだ。夫が平日サラリーマンをやっていたときからないわけではないが、この休暇中は頻度がすごかった。双方の親のところに行ったりゴルフをしたりと「すること」があるときはそうでもないが、二人で家にいるときに多発した。夫のそう遠くない定年後が思いやられる。夫は早々にリタイアしたいのが本音のようだが、私としてはなんとか元気に65歳くらいまでは頑張ってほしい。私の父は66歳まで働いたそうだ。以前私の実家にいるとき父からそれを聞いて、
「へーすごい」
とまるで他人事な夫であった。
この休暇中、出かけたときですら二人で横浜をぶらついたときはひどかった。私が横浜市民になって7年経過しているが、「港の見える丘公園」に私が行ったことがなかったので、中華街でお昼を食べてから行くことにした。交通手段は夫が飲めるようにバス。650円で市バスが一日乗り放題。こんな使い勝手がわからない交通手段で大丈夫かと思ったが、案の定の結果になった。まず中華街にあるスープチャーハンの元祖らしい店にお昼を食べに行った。スープチャーハン自体には問題はなかったが、店が汚く、トイレ臭がほのかに、しかしはっきりして正直参った。あたしが選んだ店だけに夫に文句を言うわけにもいかない。三連休の土曜日だったので中華街は猛烈な人込みだ。北京ダックのクレープとゴマ団子を立ち食いした。北京ダックのクレープはほぼソース(中華街味)の味だった。ゴマ団子は相変わらず美味しい。
行きたい場所へのバス停探しはやはり難儀だった。「赤いくつ」バスに乗ろうと私がバス停を指し示したら、夫はあそこからはいけない、というので遠くのバス停まで歩いた。しかし結果は「行ける」のを二人でまともに確認するハメに陥った。暖かい日が続いていたがこの日は北風が寒く、こういうのに私はみるみるヤラれていく。港の見える丘公園はよかったし、併設のバラ園でバラの香りにうっとりしたのはよかったが、その後は寒風吹きすさぶ中バス停求めてさまよったり、乗り継ぎが巧くいかなかったり、道路を渡ろうと遠回りして横断歩道まで行って渡ったら工事中だから戻れと指示されたり等々、展開の悪さが続いて二人ともやがて無言。テレビの「バス旅」の苦労を実感した。私は疲れ果てているし、夫は「どうしてコイツはすぐこういうのでヤラれちゃうんだ」と思っているし。双方の親への「親孝行」のときも老人ペースに合わせつつ自分の時間がまるでないことにすごく疲れたが、この時もすんごい疲れてヘトヘトになった。夕飯なんて寒さに震えながら黄金町とか阪東橋とかさ迷った挙句の「はなの舞」だ。それほど悪くなかったけど。
そんなこんなである日は夫がひとりでゴルフに出かけた。ホッと一息。ひとり家でマイペースに掃除をしたり。なんて幸せなんだ。そうだ、これが私の幸せなんだ。前からずっとそう思っていた、見たくもないテレビもついてないし、静か、なんて幸福に打ち震えていると、学生時代の友人のグループラインが来たのでコメントした。
「夫とずっと一緒で煮詰まっている。今日はほっと一息」
すると、
「頑張れ!」
「ご愁傷様。私なら何か用事作って出かけるなあ」
「私もゴールデンウィークの途中あたりで気が狂いそうになる」
みんな子供のいる専業主婦だ。婚歴も私よりずっと長い。私は子ナシ専業主婦で、普段平日はほぼ完全マイペースのワガママ生活を送っている。そのせいでひととペースを合わせることに非常な不快を感じる、社会性の著しく低下したダメ人間になってしまった気がしていた。しかし子供がいてマイペースな生活を送れないことに慣れているはずの彼女たちでもこのコメント。なんだかホッとした。
休暇の終わりが近づいてくると夫は、
「もうすぐ終わってしまう。あっという間だったな」
「あたしはけっこう長かった」
普段の平日はダイエットを含めて時間も量もかなり自己都合で食事を採っていたが、ほぼ全部夫と一緒。出かけることも多かったため、酒量も食事量も激増。夕飯はほぼ毎回夫が担当。専業主婦でこのパフォーマンス。昼に夜に何日も飲み、マジ太った。ジーンズがぱっつんぱっつん。この意味でも「夫婦ず~っと一緒♪」はやばい。
しかしだ。この眺めのいい広いマンションに完全にひとりで暮らしたいとは思わない。要は「亭主元気で”平日は”留守がいい」だ。褒められた話ではないが本音だ。うちのマンションには私が知る範囲で70代と思われる女性が二人、一人暮らしをしていた。二人とも経済的には余裕がありそうな印象だが、Aさんは「隣の家の戸を閉める音が大きくてびっくりする」「夜中に大きな音がする」「家の前に木が茂って視界が塞がれ気が滅入るので切ってほしい」等々神経症的言動満載だった。最後の「木が茂ってる」については「家の前」とは言い難く、数十メートル空間が開いたその先で、うちのマンションの敷地外だ。「あの家が野良猫にエサをあげて、その猫がうちの前でフンをするので困る」とも言うが自分もあげているのを私は知っている。いわば変人の域に達していたのだが、最近娘が孫を連れて出戻って(?)きた。そのあとAさんと話をしていないが、家の中がやかましいほうがAさんの神経症的言動のためにはいいのは間違いないと思った。実際はわからないが。もうひとりのBさんにそういった言動は見受けられず、普段から活動的で快活な印象を受けていたが、
「高齢女性の一人暮らしにこのマンションの広さはしんどい」
と近所のコンパクトな賃貸に引っ越すことを決めてしまった。AさんとBさんの生活の変化の時期は奇しくも二か月程度しか違わなかった。
「この歳だとどこでも年齢で断られて、部屋を探すのが大変だったわ」
ジムにも70代一人暮らしのご常連女性はいる。うちひとりに「今日も頑張ってますねえ」と挨拶をすると、
「だって家にひとりでテレビみてても仕方ないでしょ」
と毎回判で押したような愚痴的返答が返ってくる。
ずっと一緒も大変だし、ひとりも自分を持て余すし。夫は私と結婚する前、前妻が出ていったこのマンションで五年ほど一人暮らしをしていた。当然平日は働きに出ていたがそれでも、
「一軒家じゃなくて本当によかった。夜帰ってきてもマンションの玄関には明かりがついている。大きな家に帰ってきて自分の部屋に入るような感覚がある」
と結婚当初よく言っていた。
※「夫婦ふたり、ず~っと一緒♪」part1はコチラ。
※「トイレに神経質なわたし」はコチラ。