40歳初婚と47歳×2で結婚した子供のいない高齢夫婦。現在47歳と53歳。健康に歳を取るというのは重要なテーマになってくる。あたしにしてみれば、この年齢で結婚して早死にされた日には一種の結婚詐欺だよな、とか思ったりする。
 最初に具体的にこのことが問題になったのは喫煙だ。結婚当初、夫は長年の喫煙者で明らかに気管をやられて体調を崩しやすくなっており、けっこう(私が)苦労して禁煙してもらった。その際に常々言っていたのが、
「もし禁煙してこの先肺がん等になったら一緒に頑張ろうという気になれなるが、このまま喫煙を続けて大病をしても面倒を見るのは本当にイヤだ」
 事実夫は禁煙をして以来、ちょっとの風邪で気管を激しく痛めるようなことはなくなった。ただ気管の機能が落ち、風邪をひきやすい体質であることに変わりはない。
 しかしこういうことをいうと、こう返すひとが必ずいる。
「別に長生きなんてしたくないし、病気で早死にしても構わない」
 あたしだってムダに長生きなんて全然したくない。むしろ適切な年齢で死にたい。でも生きている以上はそれなりに健康でいたい。人生の理想はピンコロだ。健康であろうとすることは周りの人間、ひいてはこの少子高齢化社会にあっては、大人として子供たちの未来に対する重大な義務だと思っている。今の子供たちが大人になって稼いだお金(税金)があたしたち世代の医療、介護費用に回されるのだ。
 「早死にしたい」といっても、今の世の中、なかなか死なせてもらえない。そうして徐々に健康を害していった先には、長い闘病が待っている。本人だけが苦しむのなら自業自得だが、家族や周囲を生活の質も低下する。簡単な例だと食事制限だ。「相対的に美味しくないもの」を食べさせられる、もしくは料理の手間が増える。本人の意思と関係なく、周りを巻き込まざるをえないのだ。ひと月ふた月の話ではなく、何年、時として何十年と、時間的にも、金銭的にも、体力的にも、気力的にも周囲のリズムを病人に程度の差こそあれ合わせることになる。世の中凡人がほとんどだ。凡人というのは体調で機嫌や考え方があっさり変化する。体調が悪い人間は憂鬱でうしろ向きになりやすい。そういう人間と一つ屋根の下に暮らす苦痛。看病で病んでいくひとも大勢いる。
「そんな病気になったら自殺する」
 とまで安易に考えるひともいるかもしれないが(その場の言い逃れで実際はできないだろうが)、自殺というのは本当に罪で、家族に生涯越えがたい深い暗さを与える。「家族に自殺者がいる」という越えがたい闇。私は実例を見たことがある。「闘病していたから死んで楽になれてよかったよね」とは割り切れない、生涯消化できない傷を家族に残す。結局人間って、こういった点においてはとことん自由ではないのだ。だから会社で健康診断を受けて、
「40歳過ぎたらB判定C判定の数を自慢しあうもの」
 とか冗談をいう人の危機意識の低さに驚かされる。闘病が他人事である証拠だ。しっかり片足を突っ込んでいますよ、と言われているにも関わらず。
 そうはいっても思い通りにならないのが人生。どんなに健康に気を使ったところで、期せずして闘病を強いられるひとは大勢いる。それもそれなりに健康に気遣って日々を過ごした末の結果だったら周囲も「仕方ない、世話になるのは自分だったかもしれないのだ」と自分の人生の一部として一緒に頑張る気にもなれるが、「このままの生活続けたら病気になるよねえ、やっぱなったあ!」では全然納得できない。それで体調悪くなって「周りにも迷惑かけるけど、最小限に留めるよう、改善するようにこれからは努力しよう」と心を入れ替えて前向きになってくれればいいが、こういうひとはなかなかそうはならない。「どうせ俺なんて」とか投げやりなことを言い出した日には、どうしてくれよう、だ。ほんとに相手にしたくない。世の中見る限り、この傾向は男性に圧倒的に多いように見受けられる。実際うちの夫もこの傾向があり、調子が悪くなるといろいろ愚痴を言うくせに、治すために一直線になるという誠実さが感じられない。体調が悪くなることより、私はこの夫の姿勢に本当にイライラする。

 前置きが長くなった。というわけで子なし専業主婦である暇な私としては、夫の健康管理は仕事の一部。Eテレ「きょうの健康」を毎回録画して、勉強も怠ってないつもりだ。夫の健康診断は妻の成績表。中性脂肪や悪玉コレステロール、血糖値を考えながら日々の食事を考え、夫にダイエットを促している。夫は170センチで70キロ程度。今のところ各項目、深刻な数値には至ってないが一年に一キロ程度体重を落としていこうと促している。しかし一年一キロダイエットで分かる通り、基本的にそれほどきつい努力はしなくとも実行可能なことしか言っていない。夫は食後に甘味(かりんとうが多い)を食べるのが半ば習慣化しているが、一袋食べたりしないように注意し、週に一日は休肝日を設けるよう促している。つまり食後に甘いものを食べるな、とも言ってないし、休肝日が週一日すらないこともある。なるべくそうしよう、と促すに留まっている。
 先日卯の花を作ったらおからパウダーが余った。おからは高脂血症の改善に効果があるとされている。ヨーグルトにパイナップルを入れて、おからパウダーと混ぜた。口当たりはモコモコする。私はオイコスとかジャージーヨーグルトとか、モコモコした食感のヨーグルトが好きなので、おからパウダー入りのほうがむしろ美味しいのではないかとすら思った。しかし夫は、
「なにこれ、何が混ざってるのっ?」
「おからパウダーだよ」
「食感が変わってヤダ」
「だって健康にいいもん」
「健康にいいって言葉、キライっ」
「いいおっさんが何言ってんの。もろもろ引っかかり気味のくせにっ」
「いいのっ、クリちゃんは気ままに生きていくの!」
「ひとが嫌われ役を買って出て健康に気をつかってやってるのにっ。そんなこと言うならあたしは全部気をつけるのを止める。ひとりで生きろっ!」
 と、こんな感じでひとモメ。しかしこれは教育ママが失敗していくパターンではないだろうか。「相手のため」とは言い条、ひとを思い通りに動かすというのは容易なことではない。
「夫のため、とかいって要は看病したりしたくないっていう、”亭主元気で留守がいい”的思考だろう」
 という向きもあるだろう。それも否定はしないし、それがひととして否定されることでもないと思っている。「転ばぬ先の杖」的、当然の予防策だ。普段から夫にも言っているが、私は二人でそこそこ健康に歳を取って、多少の制限はあったとしても、それなりに好きなものを食べて今のように一緒にお酒をに飲めるじいさんばあさんになれたら幸せだし、そこを目指している。
 さて、実際はこの先どうなることだろうか。現状、あたしのPMS(更年期障害?)も夫に全く影響を与えていないわけではない。これも「上がったり」すれば改善するのだろうか?

 

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