1986年五社英雄監督作品。あたしが16歳のときの作品だが初見。予想を超えて面白くてびっくり。何度も繰り返し見てしまった。
 冒頭の「懲役やもめ会」のシーンから惹きこまれる。タランティーノの「レザボアドックス」(1992年)の冒頭を思い出した。「その世界らしい」台詞がギチギチに詰まっていて、テンポよく展開も早い。全体通して、説明台詞でなくシンプルなシーンでいろいろな情報を伝える、いい脚本だ。登場人物は少なくないが、それぞれキャラがしっかりしており要領よくすっきり捌かれている。シリーズ化のきっかけになったのが納得だ。ダレたのはお志麻姐さんと梨乃のみょーに長い最後の格闘シーンくらい。それ以外は間延びしている箇所がない。なにかと集中力の途切れがちなあたしが、2時間もある作品を飽きずにみられた。これは本当に珍しい。

 岩下志麻の存在感は半端なく、そのせいか、かたせ梨乃と姉妹に見えない。まあ、えらい年の離れた姉妹だけど。姐さんのリアリティが本家組長夫人の藤間紫ともども満載。半端な女優がやったらおそろしく安っぽくなりそうなのが、二人の存在感、佇まいそのものが大いなる見応えになっている。岩下志麻と藤間紫のほうが姉妹っぽいなあ。お志麻姐さんのシーンもキマってるのものばかりだが、藤間紫は出番が少ないのに台詞、シーンとも印象に残る。懲役やもめの会の面々に、

「みんな、(旦那が服役中で)大抵やないやろうけど、女房の後押しがないと侠客(おとこ)稼業は立ってゆかしまへん。まあ、せいぜい気張っとくれやっしゃ」
 藤間紫の夫である堂本組の総帥が亡くなり、全国一のヤクザ組織は内部抗争を始める。お志麻姐さんは筋目しっかり本家を立てるポーズを取りつつ、混乱に乗じて服役中の自分の夫を三代目に据えようと画策。本家に混乱収拾の軍資金として一億を提供。分裂した組織から狙われるが、藤間紫には「うちには生まれついての悪運がおますさかい」と一蹴。
「それは日頃の信心のあるせいや。人間、神や仏に手を合わせる気持ちを忘れたらあかん。とりわけこの世界に生きるもんはな(中略)あての目の黒いうちは堂本の代紋に誰一人、指一本触れさせへんで(中略)少しばかりの軍資金出したゆうて、調子に乗ったらあかんで」
 ラストシーン(かたせ梨乃と世良公則のほう)はいかにも五社英雄が好きそうな画だ。かたせ梨乃が惚れたのが、はったり屋で頭が悪いけど一本気で情に厚いチンピラの世良公則ってところが面白さのひとつなんだろう。世良もそんなチンピラを熱演。「一流極道」の実質的な大幹部であるお志麻姐さんといい対照を成している。梨乃と世良のラストシーンで映画が終わったら生臭くて気分悪いが、オーラスがお志麻姐さんのシーンでスパッと切れて終わるのも大変好ましい。「極道の妻」のひとりでありながら、お志麻姐さんや藤間紫とは対極のタイプである佳那晃子の物語上の役割なんて、ほんとに作り手の巧さを感じる。「懲役やもめの会」にも冒頭から参加しているのだが、
「(お志麻姐さんは)さすがやねえ。500人からの組員束ねてはるだけあって、うちらとは出来が違うわ」
 ただお志麻姐さんについて観客に説明している台詞かと思いきや、彼女自身のキャラクターを表現する台詞にもなっており、のちの展開につながっている。

 お志麻姐さんの服役中の夫が中年ヤクザに「粟津のクソガキ」と呼ばれていたが、最後に出てきたのが佐藤慶でびっくり。「粟津のクソジジイ」と言ってほしかった。

 洋服って時代でほんとにダサく古くなるけど、着物姿って色あせない。

 最初にグアムでかたせ梨乃が世良にやられちゃうシーン。あれ、白いペラペラのドレス一枚(しかもノーブラ)で世良のホテルの部屋行って、なんぼドア開けてたとしてもそんなもんポーズ。過程はともかく結果は想定済みってことでいいんですよねえ。だっていちおう夜の店の店員と客で知り合ったわけだしい。あんなアホみたいな誘い台詞を店でいう世良を憎からず思っていたわけね、梨乃。若いおなごは仕方ない、ってあたりか。あんな背中見せられても「この男や」って思っちゃうのスゴいよ。姉さん通じて、その世界の空気に慣れていたんだろうな(お志麻姐さん直属の部下と顔なじみであるあたりでその辺が伺い知れる)。というわけで、姉とは違って堅気だった妹が、だんだん極道(の妻)になっていく話ではない。梨乃も最初っからそこそこそっちのひとだ。というわけで要約は「血は争えない」「惚れたら地獄」だ。姉さんの言うことは全部正しい。

 若いときの竹内力が出ているが、ちょっとかわいくすらある二枚目だ。

 惜しいのは音楽。悪くはないがよくもない。これで「マルサの女」や「仁義なき戦い」みたいな印象的な音楽がついてたらなあ、と思ったりする。

 初見なのはあたしが暴力ものが苦手なせいだ。しかし心配してたような、暴力をじっくり見せるシーン(指詰めたりとか、拷問とかリンチとか)はなかった。むしろそっち方面はかなり「上品に」仕上げた印象だ。あたしは普段よりエロには惹かれるが、ちょろちょろと見た「吉原炎上」にあるような五社的エロは不衛生で生臭くってかなり苦手な世界だった。そりゃセックスとかエロって本来は生臭いもんだとは思うが。友近がネタにしている「五社ワールド」って、泥臭くって辛気臭くってあたしは苦手な気がしていた。しかし五社監督って女二人が素手で殴りあうの好きだな。髪引っ張ったり。
 家田荘子の「28歳の極道グラフティ」というエッセイは確かあたしが28歳くらいの頃に読んだ。なかなか面白くて、数回読み返した。「極道の妻たち」を取材していた頃も含めたエッセイだったが、五社英雄の世界とは全然違う現実的な内容だった。岩下志麻に泣きついていた妻たちみたいなの。確か家田荘子はそもそも女優志望で、この映画にも端役で出ているみたいだけど、みつけられなかった。「極道の妻」のどれかだと思うんだけど。
 映画「鬼龍院花子の生涯」は原作より映画が面白かった。このパターンも珍しい。和装の夏目雅子の美貌はただ事ではない。「女殺油地獄」もけっこうおもしろかった記憶だ。あれ、意外と見てるかも、五社作品。
 しかしあたしが見た五社作品の中ではこの映画がずば抜けて面白い。ひとえにお志麻姐さんの出演箇所のせいだ。辛気臭さ、生臭さゼロ! この内容でありながら、格調っていったら大げさだけど、ある種の品の良さが終始維持された。「鬼龍院花子の生涯」は立派な作品だがそこそこ辛気臭い。そういう典型的五社ワールドはかたせ梨乃が担当。こっちの分量がもっと多かったら苦手かも。でも関西弁が上手なのは梨乃のほうか。あたしは関西育ちじゃないけど、姐さんの関西弁はちょっとビミョー? 
 以前山口組の抗争を扱ったドキュメンタリーをみたとき、取材した記者が、
「劣悪な家庭環境で育ったりして、行く場所のない人間の受け皿が世の中にない以上、ヤクザもなくならない」
 と言っていたのをこの映画見て思い出した。
 あたしは邦画もよく字幕付きでみるが、「侠客(おとこ)稼業」ですわ。個人的には映画館よりいい。邦画でも新旧に関係なく台詞が聞き取れないことはよくあってイライラするし(テレビドラマはそうでもないのに)、聞き取れている台詞も、特に時代劇なんかは漢字で読んだほうが意味がより取れることも多い。みんな字幕付きでみるべきだとは思わないし、本来聴覚が不自由なひとのためのサービスだろうけど、選択肢としてあるのはすごく嬉しい。エアコンつけたり、掃除機かけたりしながらでも台詞がわかるもんね。