「猫に小判」を現代風に言い換えると、で「ニートにプレミアムフライデー」と「五時に夢中」でやっていた。あたしも似たようなもんだ。というわけでゴールデンウィークだからどうしたということもないのだが、自分のための日記的覚書を記す。それにしても「プレミアムフライデー」いつまで言葉として通用するのかな。
4月29日土曜日 箱根でゴルフ。その前に箱根神社にご挨拶に行った。手水舎の手前で鳥の声がしたので見あげると、木の枝に胸が鮮やかなオレンジ色の野鳥が二羽止まっていた。とてもきれいでかわいかった。家に帰って調べたが、たぶんムギマキだろう。朝8時頃到着したのだが、神社には既にそれなりの数の参拝客がいた。私たち夫婦はゴルフの前ということで早いのであって、世間の行動の早さに驚いた。確かに春の晴天のもと、早朝の箱根神社の清々しさは格別だ。箱根ターンパイクも初めてドライブしたが、富士山や相模湾、芦ノ湖を含む眺めが素晴らしかった。720円とやや高いが、天気が良ければお薦めのドライブコースだ。
30日日曜日 夫はマッサージ、私はジムで小一時間泳ぐ。
5月1日月曜日 夫は出勤。私はジムでヨガ。平日ではあるがGWということで、いつも人気のヨガのクラスもさすがに空いているかと思ったら、普段以上?に込んでおり、ご常連が顔をそろえていた。
午後は近所の接骨院で整体。先週水曜あたりから右首後ろに痛みがあり、目薬を差す姿勢が一番キツかった。これでゴルフはつらいと金曜日に整体に行って今回は二度目。金曜日の一発目でかなり和らぎ、ゴルフもつつがなく行えたが、昨日のプールではバタフライのリカバリー時に右肩甲骨付近が軽く痛かった。クロールや平泳ぎでは無痛。首も前後の動きはかなり楽だが、左右だとちょっと引っ張られる感じがある。金曜日は肋骨の下に手を差し込まれて横隔膜をもまれるような、いままでひとにされたことがないことをされたが、今回はほとんど首を絞められていた。息ができないということはないが、はたからみたら二時間ドラマの絞殺シーンまんまだろうな、と思えた。もちろんあたしが呻いているということはないが。おかげでさらにというか、ほぼ完全に楽になった。
夕方夫が帰宅。電車はびっくりするほど空いている、というほどでもなかったそうだ。
2日火曜日 カレンダー通りに夫が出勤。私はジム。例によってバタフライをしたが、背中は痛くなかった。
3日水曜日 朝から横須賀でゴルフの練習。いきつけの練習場だ。夫はとっとと練習に飽きて洗車に出かけた。
その後「東京湾唯一の無人島」猿島へ。普段は三笠からフェリーが一時間に一本出ているのだが、GWは大増発。20分置きくらいに発着していた。往復1300円と10分の乗船には高い気はするが、猿島への入園料200円が含まれる。買っておいたパンと鯖ずしを島の施設のデッキで食べた。なかなかの気分のよさ。夫はかつて横須賀に7年ほど住んでいたそうだが(前妻は横須賀出身)、猿島は初上陸。小一時間で島を一周できる。明治時代の軍の施設(トンネル等)が残っていて、散策は意外と楽しめた。弥生時代だか縄文時代の洞窟まであったりする。島の端からは千葉はもちろん、ランドマークタワー、つばさ橋、スカイツリーまで見える。天気がよければなかなかのお薦めスポットだ。
一時間半ほど島で過ごして三笠に戻り、ホームセンターでトマトの苗を購入。GWはトマト苗を買うのがここ数年の習慣だ。家で採ったトマトは出来がそれほどでなくても売ってるのより美味しかったりする。甘いというより、トマト味がそのもを濃く感じられるのだ。流通が発達した昨今とはいえ、やはり採ってすぐ、のおいしさには適わないのがわかる。
15時前に帰宅。夫は散髪に出かけた。私はというと、ここへきて下血。黒い血がちょっぴりで、まだ本格的な生理ではない。前回ピルを中止して体調のバイオリズムが狂い、ピルを再開しても生理も飛んで、体調は予測不能の状態だった。この二か月ほど、軽い不調がず~っと続いていた。首も痛いわで散々だ。現在ピル三週目半ばで出血時期としてはそう不思議があるわけでもない。夜、白髪を染めた。
4日木曜日 夫はトマト苗をプランターに植え、その後私はケルヒャーでテラスの清掃。自分もびしゃびしゃになる。こうなるのを忘れていた。近所のスーパーにひとりで買い物に行き、夫に焼きそばを昼食に作ってもらった。美味しかったが、そこから激烈に体調が悪くなった。まだ血ははっきり出てこない。頭痛とだるさでベッド寝ている間に、夫は私の実家の川越に車で向かった。夫がひとりなのは予定通りで、私の父と明日ゴルフをするためだ。つまり私のこの時期の体調不良は想定内だったのだが、ここまで、しかも急に悪くなるとは思っていなかった。テラスの清掃まで含めて、「することをして」気が抜けたというのは大きい気がしてならない。ひとり自宅で夜を過ごすのに苦痛はないが(夫がいないほうがいいということはないです)、猫がいたときは楽しくすらあったなあ、と思う。
後編に続く。

(うちの猫㉚ 今回で最終回。亡くなる一年ほど前。当時マンションは大規模修繕をしており、猫は早朝足場をウロウロと歩き回って散歩をしていた。私たちが居間にいると、テラスの柵より高い、見上げる高さでうちの猫がランウェイさながら目の前を横切って行った。足場を外す朝、猫に「今日は足場の解体があるから、(作業員が来るので)早く帰っておいで」というと、その日に限って猫はこうして足場に寝そべってじっと遠くを眺めていた。この高さから家の前の景色を眺められるのはこれで最後といった様子で、やっぱり日本語が通じているんだな、と思った)