夫は埼玉に仕事で行くことが時々ある。そういうときはふたりで私の実家に泊まるのだが、夫が仕事やゴルフに行くと、私にはスポーツクラブに行くくらいしかすることがない。母は70歳近いが、パートに出たりと活動的だ。ジムから帰れば、私には本を読むくらいしかない。最近とみに思うが、実家にいてもすることがない。実家は「ひとの家」ではないが、「自分の家」でもなくなったのだなあ、とつくづく思う。この小説の主人公、タキちゃんが奉公先の平井家を「自分の家」「終の棲家」と思う気持ちと全く別ではないと思う。
 で、先日実家ですることがなくて買ったのがこの本。松たか子が映画の番宣でよくテレビに出ていた。東京オリンピックは昭和10年に15年開催が一度決まったそうなのだが、日中戦争があって開催権を返上したそうだ。この本を読むまで私は知らなかった。2020年東京オリンピック開催が決まったばかり、ソチ五輪も開催中なので、感慨深い。
 文章はふっくらとして味わいがあった。同じく直木賞受賞作「下町ロケット」のカチカチしたこなれない文章のあとだったので、やたらに趣き深く感じた。映画はみていないのだが、時子奥様が松たか子なのはいいとして、奥様が恋に落ちる相手が吉岡君ってのはど~も、山田監督、いくら仕事がしやすいからって、と思ってしまう。ベタだけど、甥役の妻夫木のほうがまだ自然。欲をいうなら加瀬亮とか松田龍平あたりがよかったんじゃないかしら。主に松田を思い浮かべながら読んでいた。何はなくとも、吉岡君はムリですわ・・・成年男子はほとんど戦争に取られているから、残っているのは吉岡君くらいってもんなの? 実際映画をみたらそう違和感もないのだろうか。時子奥様は松たか子でもそう遠くないけど、もうちょっと意思薄弱で古風で頼りなさそうな風情の女性を思い描いた。顔ももっと目力のないような。まあ、女優さんにはいないタイプだ。
 で、この小説はどうなのか。読後感がいいか悪いか、愉快か不愉快か、となればやっぱり後者だ。戦争に直接からんだ人生の結末は悲惨であり、そうでない人生(今の私たちの人生を含む)には寂しい結末が待っている。その手前はいかに豊かで華やかでも。サスペンス的に読んでみるなら、冒頭から伏線が張られる小中先生の「賢い女中の話」が主人公タキの身にどういった形で降りかかり、話の真意を汲んでいるタキはどう行動するか・・・といったところ。そのタキが、男はもちろん女も魅了する美貌の奥様と、無意識のうちに男のフェロモンをタキにすら漂わせる板倉(これが吉岡君ですよ・・・しつこい?)の間で何を感じるか、と読者に考えさせるよう、実に巧妙に織り込まれている。この辺の描き方の上品さ、巧さはまさにプロの作家の技と深く感心した。
 でも読んだあとどうだろう。寂寥感が強く残りましたね。で、だから何、って思っちゃいました。いろいろあっても、どの人生も結局わびしいもんだ、と。
(文春文庫 543円)

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