うちの雌猫が亡くなった。死に向かっていたおよそ一か月半のしんどさにとは対照的に、その死に際においては、飼い主(私)がヘタレであることを考慮して絶妙なタイミングを測った。以下にその気が利いている点を記す。
1)一時は間隔のあいた病院通いも、再度毎日が再開されていた。20日午前中病院に連れていくと獣医師から「もはや今となっては無理な延命になっているかも」と点滴、給餌の中止が提案された。帰宅して実母に電話し号泣。夫ともメール等でやりとりし、点滴の中止は決めた。その午後すぐに病院から電話があり、心肺停止と瞳孔が開いていることを知らされた。
「蘇生しますか?」
と言われたが、しない、といった。
点滴・給餌の中止に決意がいる。実行後「予定通り」に死なれるのもキツい。その辺も猫は気を使ってくれたようだ。
2)水曜早朝から夫が海外出張になっていた。月曜日の昼間に亡くなったので、火曜日の火葬に夫も同行できた。私は夫の海外出張中に死なれたり容体が急変したりと、ひとりで対峙しなくてはいけない事態に陥ることをとても恐れていた。猫は「こいつヘタレであかん・・・」と思っていただろう。
3)病院で死んだので、先生に死亡確認してもらった上に、体中をキレイにしてもらって、胃ろうも外してもらった。先生も死の瞬間は見ていないらしい。
4)ペット飼育に詳しいお隣も在宅。帰宅してからお葬式の段取りまで教えを乞うことができた。
5)病院とお隣からお花をもらって、花に囲まれた。
6)火葬場で四十九日の案内をもらったら、私の誕生日(8月7日)だった。
亡くなったのは6月20日だが、利巧で美形で生意気でしつこくて気まぐれだけど要所要所優しかったうちの猫と実質的に別れたのはいつだったのか。思い出せない。死ぬ寸前の数日は意識が混濁として魂はすでに身体を去っているようにしかみえなかった。体にも戻れず、行くべき場所へも行けずに彷徨っているような。テレビドラマ「熱海の捜査官」を思い出した。先生によると猫は意識がもうろうとしているはずだから苦しくない、と言っていたが、うつろな目をして徘徊する姿はそうは見えなかった。
この一ヵ月半、私たち夫婦も精神的にも肉体的にも経済的にも本当にしんどかった。おかげで私はピロリ菌除菌以来調子のよかった胃をすっかりヤラれてしまった。死によって猫も私たちも死に際のしんどさからの解放された感はある。「私のかわいい猫」がさっくりぽっくり逝ってしまうより、ペットロスの痛手は和らげられたのかもしれない。
夫はというと、私ほど日頃ベタベタかわいがっていたわけではないが、猫の火葬後やたらに寂しそうにがっかりとしている。
「これならフトいなくなってくれたほうがよかった。どこかで生きているかもしれないと思えるから」
私には考えられない。昔は日が落ちても散歩(地回り)から帰ってこないだけで不安でソワソワして探しに行っていた。事故にあっているのではないか、ヘンなトラップ的なものにハマって動けなくなってしまったのではないか、おかしな人間に捕まってはいないだろうか等々よからぬことをいろいろ考えてしまい、気もそぞろになった。”飼い猫”である証明としてすぐ外れる首輪を買ったこともあるのだが、それですら破れたフェンスや木の枝などでひっかかってうまいこと外れなかったらどうしようと結局一度つけてやめてしまった。少なくとも快適には見えなかったし。私は死をきちんと見届けられてよかったと思っている。
それにしても元気なときからいいことばかりではなかった。気まぐれ長時間散歩にはしょっちゅう心配させられたし、日が落ちてから脱走することも多々あった。近所の猫に喧嘩をわざわざ売って怪我はしてくるし、怪我含め高額動物病院にちょいちょい行っていたし、客人も驚く家中爪痕だらけで、いろんな爪とぎ買ってきても無視して壁をカリカリしていたし、四季を問わず各部屋のドアをぴったり閉められなかったし、部屋もベッドも日々汚されたし、初期の若かりし頃は、スズメだの鳩だの鼠だの捕獲して見せびらかしに来たし。こんなことを書くと、
「あれだけオマエを慰めカマい、添い寝してやったのにその言い草か。だいたいオマエは治療中から金の心配ばっかりしやがって」
ってヤツに怒られそうだ。あたしもいずれあちらの世界に行ったら、猫からのこういった苦言は甘んじて受け止めるつもりだ。そちらでもまた飼わせてね。
この猫の死に際し、結婚六年目にして判明した事実があった。夫は私との結婚当初から、新築マンションの近辺を我が物顔でうろついていたこの猫に自分がエサをあげてテラスに呼び込むようになった、と言っていた。猫を家に入れたのは私なのだが、猫が家を削ったり、病気になったりともろもろ起こるたびに、
「だから家にいれちゃダメって言ったのに」
と繰り返し夫に言われた。その度に、
「だったら最初にエサをあげるところから間違っている。テラスに入れてエサだけあげて、怪我しようが病気になろうが放っておくというのはありえない」
と同じ会話を繰り返していた。が、最初に餌付けを試みたのは実は前妻だったそうだ。
「あのうちは実家にも猫がいたから」
横須賀のご実家でうちの猫同様、元野良のお散歩猫を飼っていた話は聞いていた。夫はここへきて自分が嘘をついていたことを告白。前妻の話はなんとなく控えたい気持ちはわからないでもないが、夫は前出の会話のたびに、
(もともとは俺が餌付けしたんじゃねーし)
と思っていたことになる。しかし前妻が愛犬とともに出て行ってしまってからの数年間、寂しい一人暮らしの40代半ばの会社員の男(しかも×2)を、夜な夜なテラスで「帰りを待って」慰めたのはあの雌猫なので、本質的にはなにも変わらない。その頃だか、テラスに猫用の座布団を買って置いてあげたのは間違いなく夫だし。
マンションが建って13年経った。当時から仔猫ではなかったようなので、享年15歳程度だろう。遺骨は持って帰ってきたが、最初からパウダーにすればよかったと今になって思う。あとからパウダー(散骨用)にもできるといわれてとりあえず骨のままなのだが、辛気臭い遺骨なんかよりも、軽やかなパウダーのほうがうちの猫には合っている。
★先週の出来事★
6/24 イギリスの国民投票でEU離脱が決定。
6/24 20代から今に至るまで資生堂オードブランの洗顔せっけんを使っていたが、生産中止になったのをいきつけのドラッグストアで知る。びっくり。どうしよう。価格といい使用感といい私には合っていたのに。果たして私は約20年の間に何個使っただろうか。
6/25 実父(70代)がPSA検査で陽性となり、前立腺がんの可能性が高いとの診断を受けていた。6月上旬に検査入院(二泊三日)をし、出た結果は前立腺炎だった。父は検診等をわりにマメにするタイプなのだが、近所の泌尿器科が激込みなのを知っていて泌尿器科のみスルーしていたらしい。ちなみに夫(52歳)は3月に市の検診でPSA検査を受けて陰性だった。