村上さんは30代の後半になってから必要に迫られて免許を取り、若葉ドライバー時代の大半をローマで過ごしたそうだ。私も41歳で同じく必要に迫られて免許を取った。

 『ローマで初心者が車の運転をするというのは、実に命の縮まるようなことなのだ。なにしろローマ市民はいったんハンドルを握るとやたらに攻撃的になるし(運転はうまいんだけど)、道路はどこまでも入り組んでいて、一方通行だらけで何が何やらわからないし、ちょっとミスをしたり、タイミングが後れたりするとまわりから派手なクラクション攻撃を受けたり、窓を開けて大声でののしられたりするし、とことんギリギリな縦列駐車はまさに悪夢だし、そんなこんなでずいぶん大変な目にあった。
 でもそのおかげで、世界のどこの都市に行ってもとくに物怖じもせず、気楽にほいほいと運転ができるようになった。どんなに交通が混沌とした待ちでも、「ローマにくらべりゃなんてことない」というのが僕の変わらざる実感だ。(中略)
 イタリアで運転していて楽しいのは、マニュアル・シフトの運転が主流であることだった。(中略)<マニュアル車が主流の街の>リズムをいったん身体で理解すると、すっと自然に交通の流れに入っていくことができる。(中略)確かにマニュアルの運転は、オートマよりも要領を覚えるのに多少時間はかかる(中略)でも自転車や水泳と同じで、いったん身体で覚えてしまえば、一生忘れることはない。そしてオートマしか運転しない人よりも、人生は目盛りひとつぶん確実に楽しくなる』

 長々引用しましたが。
 私は現在国内でオートマ限定の免許をもち近所をうろうろしているが、この三年で「命が縮まる」とまではいかなくても、胃がぎゅ~っとなるような体験は何度もしてきた。最初に乗ったトゥアレグはすぐにこすったし、今の車でもある二台目のプジョー508SWはバンパーをつぶし、その後ドアも大きく凹ませた(記事末尾のリンクから、その凹ませっぷりを画像で確認できます。興味のある方はどうぞ~)。ドアを一枚以上凹ませたとき、繊細なあたしは一回生理が止まってしまった。フランスはとっても遠い国なので、部品を取り寄せたりするとすっごく時間がかかるのはバンパーで経験済みだった。一ヶ月待ちは当たり前。というか一ヶ月以内に物事が完了するはずもないフランス。
 というか、直営ではないプジョーの代理店がなかなか最悪だった。最初に営業にあたった年配の男性の仕事ぶりが丁寧で508SWを買うことにしたのに、数ヵ月後には定年で辞めてしまった。その後は担当がくるくる変わり、事あるごとに日本の会社とは思えないトロく、いい加減な対応に晒されるハメに陥った。ディーラー選びは慎重にしなければいけないと、あのディーラーを相手にしているとつくづく思う。特に508は台数が国内にあまりないので、さらに対応が遅い。国産の車なら、きっともっとてきぱきした対応をしてもらえるはず。国産がダメでもドイツ車ならフランスみたいにはのんびりしておるまい。台数も多いし、ドイツ人のほうが常識が日本人に近そうだ。スウェーデン車も選択肢にあったのに。フランスよりは近い国なんじゃないか? V60なんてけっこうかっこいいし、少し小ぶりで私には使い勝手もよさそうだと思ったが。
「なんかボルボのミニチュア版って感じ。やっぱボルボならV70だろ」 
 V70じゃデカくてあたしはイヤだ。夫はステーションワゴンが好きなようで、「国産にいいステーションワゴンがない」とのこと。今はレヴォーグで前はレガシィのスバル車は「水平対抗エンジンがイヤ」だそうだ。あたしにはわからねえが。ちなみに私の義弟(といっても同い年)はその水平対抗エンジンが好きで、レガシィに乗っている。
 とにかく今回も某ディーラーは電話するといってはしない、見積もりを送るといっては送らないの繰り返しで、結局夫はこの代理店を頼りに修理をするのを止めて、自力で川崎の自動車修理工場を探してきた。
 もちろん保険料も跳ね上がる。修理に出す毎に「なんでフランス車なんかにしたんだ」と被害者であるはずの夫に対してキレる始末。
「フランス車の対応が遅いのなんて折り込み済み。でも普通一度車をこすったりしたら、二度はやらないんだよ」
「だからあたしは普通以下のドライバーだって何度も言ってるだろうがっ」
 とにかく運転技量に見合ってない車に乗るというのは、強度の緊張を強いられて、精神的余裕は大きくそがれる。青信号に変わったのに気づかないせいくらいなら大したことではないが、「あぶねえだろ、コラ」の意味でトラックにクラクションを鳴らされたりすると、そのたびに胃がぎゅ~っと縮まって、その場で運転を止めて降りたくなる。自分に鳴らされたのかどうかもわからないクラクションの音で激しくドキッとする。こんな私なので、縦列駐車は選択肢にない。横でも二台分空いていないと不安だ。一時不停止、車線変更禁止区域での車線変更で警察に呼び止められたこともある。以来運転中にパトカーを見るだけでビクビクしてしまうようになった。とにかく自信がないので、よくわからないけど自分はなにかしらの違反を犯しているに違いないと思ってしまう。事実二度捕まったとき、なんで停止指示がでたのかわからなかった。
「女の人の運転って怖いんだよね。何がしたいのかよくわからないし」
 という女性蔑視とも取れる発言をあるおじさんから聞いたことがあるが、街中の私以外の運転を見ても、正直否定できない。ヘンな運転をしている車があると、きっと運転手はおばさん(もしくはおじいさん)に違いないと思ってしまう。ある日高速を運転していたらインターから車が入ってきたので、私は入りやすいようにと減速した。しかしその車はそんなのお構いなしに入り口車線の先頭まで行くと止まってウインカーを点滅させて、入れてくれるようにとアピール。だから最初っから入れるようにしてるだろうが。周囲を全然みないで(見られない)。「車の流れ」を無視してこういうことをするのがおばさんカーなのだ。高速に入るとき毎回緊張する私も、さすがにこんな大胆なことはしない。
 私はなにかをしでかすたびに夫に、
「運転向いてない。もう運転止めようか」
 と言うと、夫はせっかく免許を取ったんだからもったいない。むしろ行ったことのない場所にひとりで運転しに行って、練習してこい、と言う。
「ハナちゃんは車の大きさのことばかり言うけど関係ないよ」
 女性でも運転に自信のある上手なひとは同じことを言うが、以前ワーゲンのポロやスズキのスウィフトを運転したときにあった車幅感覚に関する確信は、トゥアレグはもちろん508でもない。特に代車で乗ったスウィフトはなかなかのボロで、乗っていて気持ちに常に余裕がもてた(普通に走っているだけでガタガタ車が震えたが)。やっぱり508は私に乗りこなせる車でなく、車に乗られているのだ。しかし508に乗って思うが、トゥアレグはデカくて泣きそうになったことが度々あったけど、小回りは本当に効いた。
 夫は私が車で何かをしでかしたときに責めたことは一度もない。むしろ一生懸命慰めて、気にするな、もっと運転をがんばれ、と励ましてくれた。
「とにかく慌てるな。自信がなかったら止まればいいんだ」
 こういうときの夫の度量には深く感謝している。しかし夫は自分の運転中に気の利かない、機敏でない動きをするほかの車に対して大変厳しいところがあり、その文句を日々助手席で聞かされている。要は私に対する態度と、赤の他人ドライバーに対する態度が全く違う。
「だからもう他の車の文句言うのやめて! あれで私はどんどん運転が怖くなる」
「なんで俺のせいなんだよ。関係ないだろ。俺の言うことなんて気にするな」
 そういうわけにはいかない。運転中、周囲の車は夫のように私の運転にいらだっている、というような感覚は残る。夫は私の運転の助手席に乗っているときにも、よその車に対する文句のような口調ではないが、批評は当然してくる。右に寄ってる、とか、左の感覚が鈍い、車を出すときに早くハンドルを切りすぎる、等々。隣から始終小言を言われて、自信をもって運転できるようになるはずも、運転が楽しくなるはずもない。しかし私が何かをしでかすのは夫が日々指摘している点が原因になっていた。ちなみに夫は運転に自信はあるようだが、運転は好きではないらしい。「ノンスマートドライバー」が街中にあふれているのがその一因のようだが、そのノンスマートドライバーが妻なのだ。
 私も村上氏のようにローマのような厳しい環境で、マニュアル車を運転せざるを得ない状況で荒療治を受けていたら、今頃違っていたのだろうか。村上氏は「マニュアル車を運転している女性は魅力的だ」というようなことを書いていたが、そんな女性は私からみたって充分かっこいい。
 「オートマしか運転しない私」は「オートマも運転しなかった私」より人生は目盛りひとつぶん以上チャレンジングなものになっている。雨の中の買い物や移動、大荷物を運ぶことについてはもちろん楽になったし、経験値を上げてはいるが、思い出としては楽しい思い出より、つらい思い出のインパクトのほうが俄然強烈だ。今のところ。

 この本「村上ラヂオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド」に話を戻す。一作目の「村上ラヂオ」は私が学生のころから大好きな「村上朝日堂」シリーズと比べてあまり面白くなかったので、この「村上ラヂオ2」にはなかなか食指が伸びなかった。しかし実家から横浜に電車で帰る道中があまりに長いので暇つぶし用についに買ったが、一作目よりも面白かった。「村上朝日堂」シリーズでは村上氏はけっこうくだけていて、笑いを取りにいっているようなところが多々あるのに比べて、「村上ラヂオ」は村上春樹の小説みたいに気取っている感じがした。しかしこの「2」では朝日堂ほどではないけど、第一作よりは文章が気取っていなくて、内容も多岐にわたり面白かった。でもやっぱり朝日堂シリーズのようにはハマらないなあ、わたし。
 「村上朝日堂」といえば、安西水丸さんのイラストが作品の魅力をさらに増していた。きっと水丸さんの挿絵に合う文章を村上さんが書こうとしたから、あんなに肩の力の抜けた楽しい文章が多かったのだと思う。その水丸さんがこの3月に亡くなった。私は本の挿絵にあまり興味を持たない。むしろ挿絵がデカいと無駄金を払っている気がする。しかし朝日堂はイラストが大きな魅力のひとつという珍しい作品だった。
 水丸さんが亡くなって知ったが、実家の父と同い年だった。私の両親はまだ健在だが、同級生で両親のうち片方を亡くしている友達も何人か出てきた。両親とも、というのはまだ聞いていないが。私もそういう年齢になった。
(「村上ラヂオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド」新潮文庫 490円)

★今週の自動車修理★
 あたしがやっちまった車のキズが、修理工場のサイトに乗っています。アハハ。あたしがやったんだよ、このキズ。車のドアって柔らかくてびっくりした・・・プジョー508SWです。本当にキレイに仕上がっていてびっくりしました。ちなみにこの会社と、当サイトのこのリンクによる営利取引等は一切ありません。→コチラ(外部。川崎の板金塗装会社のサイト)

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