私はダイエットや健康への配慮を含めて早い時間に夕飯を済ませたいので、平日夫を待つことはない。私は遅くても夕方6時台には夕飯を済ませているが、夫は転職したこともあり9時を過ぎることが多い。
というわけで先日も夫が9時頃帰宅して夕飯を出した。夫はテレビのチャンネルをくるくる替えていたが、結局ドクターヘリに関するドキュメンタリー番組に落ち着いた。次々運ばれる患者。緊急なので不調の原因はすぐに突き止められるケースばかりではない。対応を探っているうちに嘔吐する患者も複数いる。患者の顔にはボカシが入っているし、吐しゃ物が映るわけではないが、吐いているのはっきりわかる。音すらちょっと聞こえる。医者は吐しゃ物の臭いで原因を追究する。
正直驚きだ。あたしは食事中にとてもじゃないがこんな番組は見ていられない。自分は食べていないからいいようなものの、よく平然と食べていられるな、と感心する。
私は昔からこういったことに敏感だ。歯槽膿漏向けの歯磨き粉のCMだかで、洗面所に口に含んだ歯磨き粉を吐き出す映像を繰り返すものがあったが、ひとりのときなら即テレビを消したし、どれだけメーカーにクレームをつけてやろうかと思ったことか。たまにジムの風呂場で歯磨きをしているおばあさんがいるが、あれにもげんなりする。また食事中でなくとも痛ましい事件のニュース等もいただけない。幼児虐待とか引きこもりとか、陰鬱なネタを掘り下げたニュースが来るとすぐテレビを替えるか消す。特に民放のニュースでことさら声の調子を変えたり、演出としての音楽がついているのは我慢ならない。基本的にはどんな内容のニュースもフラットに読むべきだ。どう感じるかは視聴者に委ねるべき。方向づけは余計なお世話だ。読み手の感情はいらない。衝撃映像とか世界の仰天ニュースとか、悪趣味な演出が盛られている番組も大嫌いだ。特に再現VTRは悪趣味なことが多い。
夫はというと、私のこういう”過敏さ”のほうにイライラしている。「たかがテレビなのに」。なぜこんなに過剰に反応するのか。実は実家にいた時も父は夫と同じで、母と私は同じだった。「食事時にヤダ」とチャンネルを替えようとすると、
「断りもなく急に替えるな」
と怒鳴って、さらに食卓の雰囲気は悪くなった。妹たちがどう思っていたかは知らない。きっと面倒に巻き込まれるのを最も回避したかったのだろう。私も面倒はイヤだが、我の強さのほうがすっと前に出てしまう。夫は×2なので私以前に二人嫁さんがいるわけだが、確認は取っていないがきっと私に特にこの傾向が強いと思われる。前の二人は「見たくはないけど、彼が見たいならそれほど気にならない」って感じだったのかなあ。映画のホラー、バイオレンス要素に対する嫌悪はこれまでどの女友達よりも私が過敏だったな。
男女はそもそも脳の作りが違い、女性は「脳梁」の部分が太いので共感ということに対する比重が高いとかいう話を聞いたことがあるが、実際どうなんだろう。父と夫、私と母は同じグループに入るが、これだけで「男女の違い」と言ってはいけない気もするし。でもまあ、私がこうであることと、夫がそうでないことは確定と思われる。どの辺で折り合いをつけるか。
それにしても結婚してつくづく思うのが、「いいお父さん」を持った女性はある意味不幸だな、ということだ。うちは「悪いお父さん」ではなかったが、それなりに気難しく短気で口下手で、扱いが難しかった(向こうもこちらの対してそう思っていただろうが)。リタイアした現在はかなり軟化しているものの、現役中は激務もあってか「触らぬなんとか」よろしく、かなりのものだった。おかげで現在私は夫に苛立ちを感じることはあっても、たいてい「父に比べたら相当マシ」と思えてしまう。こうして考えると、知的で穏やかで寛容で何事にも余裕のある「理想のお父さん」(そんなお父さんいるのか?)をもった女性は、たいていの「夫」に失望し、現実をなかなか受け入れられないだろう。こうして拡大解釈していくと、「恵まれない若年期」というのは程度問題だとしても、100%否定したものでもないかもしれない。何を「当たり前」に人格を形成するか。幸不幸の両面がありそうだ。